「 インドを訪問して実感した中国の膨張路線のすさまじさ 」
『週刊ダイヤモンド』 2011年1月8日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 869
民主党政権の下での政治漂流の2010年が終わり、新しい年になった。11年を日本再生の年にしなければならない。その第一歩は、激化するアジアの覇権争いのなかで、とにもかくにも間違った方向に行かないことだ。鳩山由紀夫、菅直人、仙谷由人各氏に見られた方向違いの外交に走らないのはむろん、アジアの地政学を見詰めて、大きな流れをつかむことだ。
焦点は昨年同様、中国の動きだ。尖閣諸島沖の日本領海を中国漁船が侵犯した事件、黄海の韓国領海で同じく中国漁船が引き起こした侵犯事件はいずれも中国が他国の領土領海を奪おうと理不尽な膨張を続ける身近な事例として、私たちの記憶に残った。
昨年暮れにシンクタンク「国家基本問題研究所」のプロジェクトでインドを訪れてあらためて実感したのは、中国と周辺国の対立の構図が日本と韓国に限るものではないということだった。たとえば、尖閣諸島問題と共通するのがアルナチャル・プラデシュ州とジャム・カシミール州の問題だった。
もともとインドは英国統治時代に設定された「マクマホン・ライン」を国境線と主張、他方中国はそれより100キロメートルもインド側に入ったところを国境線と主張してきた。同地域の住民は「自分たちは中国人ではない。インド人だ」と主張するのだが、中国はそれでも100キロメートルずらしたところが「慣習上の国境線」だと言って譲らない。インド政策研究センター教授のブラーマ・チェラニー氏ら多くの人びととの意見交換であらためてインドが抱える「中国問題」の深刻さに気づかされた。
個々の領土問題が能弁に語るのは、中国の膨張路線のすさまじさである。彼らは資源など自らの欲するものを与えてくれる国にはその国が求めるものを与えてきた。戦略的に重要だと見なす国に足場を築くためにも、同じことをしてきた。
中国が自国の勢力拡大のために諸国に与えてきたものが多種多様な武器装備であり、ミサイルであり、大量破壊兵器の核だった。北朝鮮、パキスタンはすでに核を持ち、やがてイランも持とうとしている。彼らの核はまぎれもなく中国から北朝鮮を介して流出したものだ。北朝鮮が中国から入手した核やミサイル技術を第三世界に売却して金正日体制の延命に努めているのを黙認してきたのも、中国だ。核拡散も辞さず勢力拡大に動く中国はきわめて危険なパワーゲームを展開しており、その負の影響は今年アフガニスタン情勢を緊迫させる大きな要因となるだろう。
今年夏、米国はアフガニスタンから撤退を開始する計画だ。10年に、夏に1度、11月と12月にもアフガニスタンを取材した「産経新聞」の田北真樹子特派員は、「行くたびに治安が悪化している」と語った。チェラニー教授は、米国撤退後のアフガニスタンでタリバンをはじめとするテロリスト勢力が盛り返すと予測する。アフガニスタンはテロリストの跋扈する国となり、その勢力がパキスタンに及び、国境を越えてインドにも波及しかねないと、教授は強調する。インド政府高官は、米軍撤退後のアフガニスタンを中国がどのようにとらえているかについてこう述べた。「テロとの戦いにはパキスタン軍を出させ、中国は経済面でアフガニスタンをコントロールしていく。泥沼状態に陥ると予測されるアフガニスタンに、中国は軍事的には手を出さずに、経済的支配を試みると思います」。
実利を求める中国は、進出に当たって人間の自由や民主主義などの価値観には注意を払わない。世界が無秩序に陥っても実利を優先する。
今年世界が直面するのはこんな危険な世界情勢だ。だからこそ、外交の方向性を間違うことは、致命的な傷を負うことにつながる。価値観を共有する米国、インドとの緊密な協力関係を築き上げることが、日本の生き残り、さらに、再生への第一歩である。