「 まるで二一世紀の関東軍か 住基ネットが露呈した地方自治体切り捨て思想 」
『 週刊ダイヤモンド 』 2003年8月30日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 507回
総務大臣の片山虎之助氏や自治行政局市町村課長の井上源三氏らを見ていると、かつての関東軍のメンタリティもこんなものだったのではないかと考えてしまう。住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)に関する限り、彼らの政策推進のやり方には、あからさまな地方自治体切り捨ての思想がある。
去る8月5日に、私もその一員である長野県本人確認情報保護審議会と、総務省の住基ネット調査委員会が公開討論を行なった。
その場で、総務省側は、「住基ネットとは市町村、県、地方自治情報センターと国を結ぶコンピュータネットワークであり、市町村のCSとCS端末機までを含む」と言いながら、市町村部分の安全性については、住基ネットの要である地方自治情報センターは監視もしていないことを明らかにした。
そのうえで井上課長は、その公開討論の席上でも、市町村ネットワークの安全性についてはあくまでも市町村の責任であり、国の責任ではないとの立場を譲らなかった。
また、地方自治情報センターは、市町村部分の安全は「セキュリティ対策を広く義務づけることで」「万全が期されている」とも言う。安全対策を義務づければ安全が万全に確保される、というのは机上の空論でしかない。
市町村側に立って考えれば、この住基ネットは、総務省に言われて始めたものだ。国が指定した情報処理機関(地方自治情報センター)の指導に基づいてコンピュータネットワークを構築してきた。これまでに全国で805億円も投入し、維持管理に毎年190億円もかかる。これらは基本的に、地方自治体の負担である。
国に言われて始めた仕組みだけに、市町村側には当然、安全性については国も監視してくれるという期待がある。しかし、そんな期待は抱くだけムダだということが明らかにされたのだ。
国から突き放されたかたちの市町村にとって、もう一つの頼みの綱は、県である。だが、住基ネットにおける県の役割についても驚くべきことがわかったのは、8月13日のことだ。
これまで、ごく初期のものを除けば、総務省の示してきた住基ネットの図はピラミッド型だった。市町村から県、地方自治情報センターおよび国へと住民情報が流れていくなかで、県は市町村の上に位置づけられ、市町村保有の情報の安全性確保に貢献する役割を担っているかに見えた。ところが、実際のネットワークでは、県は市町村と横並びだった。これでは県は市町村を守る立場になく、市町村が県の保護を当てにできないことも明らかだ。市町村は、世界に例のない一億二千万余の国民を巻き込んだ巨大コンピュータネットワークのなかで、一人、自らを守らなければならない。
総務省は、全国の地方自治体が望んだからこそ住基ネットをつくったと主張する。3250の自治体の、どこがこんな仕組みを要望したというのか。百でも千でも固有名詞を言えと迫っても、井上課長は一つの自治体の名前さえ言えなかった。井上課長も片山大臣も、大嘘つきなのだ。
かつてわが国は、国民の中国大陸への移住を奨励した。そして関東軍は暴走し、日本を戦争へと走らせた。日本が戦いに敗れたとき、軍は、中国大陸各地に移住していた日本人を守るのに死力を尽くすよりも、彼らを事実上置き去りにし、いち早く敗走した。国民の多くは自力で逃れるしかなかった。あるいは逃れ切れずに、中国に子どもを置いてきた。こうして、多くの中国残留孤児が生まれた。
地方自治体の要望だと嘘を言って住基ネットを構築し、安全性確保は地方自治体の責任だと突き放し、国が守るのは地方自治情報センターなどネットワークの中枢部のみだといって開き直る片山大臣と井上課長ら官僚こそ、まさに、二一世紀の関東軍ではないのか。