「 なぜ公約の全面見直しなのか 菅首相は説明すべきだ 」
『週刊ダイヤモンド』 2010年6月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 843
菅直人首相はおそらくどの政治家よりも情報公開や説明責任にこだわってきたはずだ。学生時代から消費者運動に力を注ぎ、市川房枝氏の選挙を手伝った。そうした経歴から、情報公開や説明責任を徹底させることで、政治を国民に近づけようという発想が生まれたことは十分、考えられる。
けれど、6月16日に通常国会を閉会し、参議院議員選挙の日程を決定した菅氏は、これまでの氏のそうした信条をことごとく、否定したことになる。
新内閣は発足したものの、1週間あまりで国会を閉会したために、国民に、どんな政治を目指すのかについてなんの説明もし得ていない。荒井聰国家戦略担当相の事務所経費問題をはじめ種々の疑問にもまったく答えていない。
にもかかわらず、16日の民主党参院議員総会で首相は「所信表明、さらに昨日の代表質問と、私なりに精一杯、挑発に乗らないように答弁に努めた」と笑顔で語り、爆笑を誘ってご満悦だ。
「産経新聞」の阿比留瑠比記者は、「議論は、これから選挙になれば、テレビとかいろんな場面でまた、たくさんありますから」という菅首相の言葉を報じているが、瞬間芸で印象づけるテレビ討論と時間をかけて行う国会論戦は別物である。断片的な言葉で国民への説明責任が果たせるわけはない。
こんなとき、「読売新聞」に16日午後の衆院本会議場で、鳩山由紀夫前首相と並んで座り、破顔一笑している菅首相の姿が報じられた。予算委員会の開催にも応じず、党首討論にも応じず、答えたくないいっさいの質問に答えないで選挙に突入出来ることの嬉しさが表現されていたと思うのは、私だけではあるまい。
民主党が参院選を前にして掲げる公約はつい昨年の総選挙で掲げた公約を大幅に修正した内容だ。であるならば、その公約で大勝したにもかかわらず、なぜ、公約を果たすことができないのか、なぜ変更するのかを説明しなければならない。有権者は説明を受けて初めて、民主党の政治姿勢が、真摯で誠実なものなのか、それとも単に大衆受けを狙って軽い約束を重ねたものなのかを判断することが出来る。
政党として果たすべき責任を果たさず60%台の高い支持率で逃げ切れば、輿石東民主党参院議員会長が語ったように、単独過半数獲得を目指すことも出来る。だが、衆院に加えて、参院でもこのような民主党に過半数を与えてよいのか、私は強く疑うものだ。
菅首相と米国のオバマ大統領には共通項が多いと指摘する声がある。両氏共に豊かな家庭の出身ではないこと、早い段階から消費者運動などにかかわったこと、思想が左翼的であること、会社勤めなどをまったく経験せずに政治にかかわり始めたこと、弁論が巧みでいわゆる瞬間芸に強いことなどである。
オバマ大統領は1年半前、高い支持率で発足した。だが、今、メキシコ湾原油流出事故を、当初楽観視し、結果、対策が後手に回ったことを非難されている。事態は深刻なのに対処策を事故を起こしたBPに丸投げし過ぎたとして、さらなる批判も受けている。オバマ政権の対応を評価しない人がギャラップの世論調査では69%に上った。失業率も2ケタに届きそうな高止まりで、51%の人が「再選の資格なし」と答えた。八方塞がりの状況に陥っている。
オバマ大統領の読みの甘さと対応の遅さは、日本の民主党が口蹄疫問題や普天間飛行場移設問題で見せた、現実の厳しさを認識できない甘い対処姿勢と共通している。
憂うべきは、その間にも国際情勢が大きく変化していることだ。その動向が要注意である中国は7月1日から国防動員法を施行し、中央集権体制をさらに強化する。よくも悪くも、国力強化に必死の努力をする中国の前で、日米両国が政治の貧困によって国力を落としつつある。