「 政治家押しのけて暴走する官僚を責任追及する法律を 」
『週刊ダイヤモンド』 2002年8月24日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 458回
8月5日に住民基本台帳ネットワークが稼働した。この稼働を現在の違法状態から合法にするために、政府はまたぞろ、個人情報保護法案を秋の国会で審議する予定だ。
現在継続審議となっている個人情報保護法案は、メディア規制法といわれてすこぶる評判が悪い。だから、この法案からメディアに関する条文を削除または緩和して、再提出しようというのだ。
個人情報保護法案も住基ネットも、民意とははるかにかけ離れたものである。日本が民主主義国であるなら、確実に葬り去られるべき法制度だ。なぜこれほど国民の意思を無視した法制度が次々に国会に上程され、可決されていくのか。そこには官僚たちの思惑と知恵がある。
個人情報保護法案は、1999年6月に自自公三党が、3年以内に法制化することを決めた。彼らは当初、政治主導による法制化を目指した。
ところが、ここに割り込んできたのが内閣内政審議室(当時)の竹島一彦氏ら官僚である。議員立法で成立を目指したものが、官僚の手による法案となり、内閣提出の閣法となった。
ではなぜ、彼らは同法案にこだわったのか。成立すれば、個人情報保護法は全省庁にまたがる問題であり、国民に自己情報コントロール権を主張する根拠を与えるものともなるからだ。
自己情報コントロール権とは、自分に関してどのような情報が収集されているのかを知る権利であり、それがどのような目的で使われるのかを知り、許可するか否かを決める権利である。文字どおり、自分に関する情報の利用を自分でコントロールする権利である。
先進国ではすでに確立されている、あるいは確立されるべきだとされているこの権利を主張されるのを、官僚たちは最も嫌ったのである。
そこで、竹島氏を筆頭とする官僚たち、藤井昭夫氏、小川登美夫氏らは、官僚にとって最も使いやすい個人情報保護法案を作成し、これを最善のもの、完璧なものとして、政治家たちに説いて回った。政治家たちはこの法案の恐るべき欠点、あるいは悪意ある国民監視の罠に気づかずに、または、気づきながら、法案を了とした。
住基ネットについても、総務省市町村課長の井上源三氏らは、きわめて積極的に政治家を説得して回った。技術的にも個人情報は完璧に守ることができるなど、地方自治体の現状とは異なるあからさまな嘘をつきつつ行脚した。政治家たちは、一部を除いて、官僚らのいうがままになった。
こうしてみると、政治家の責任はもとより、誤った政策を虚偽の説明で受け容れさせていくのに絶大な力を振るい続ける、官僚たちの責任も問わなければならない。では、どのように責任を問うていくのか。
政治家は、誤った政策で国民の意思に反した政治をすれば、選挙で責任を問われ、最悪の場合、落選もある。
では、官僚の責任はどう問うのか。これまで彼らは常に匿名の壁に守られてきた。行政は継続性のなかで、組織として、政治主導の下に行なわれるのであるから、匿名性も責任を取ることがないのも当然と彼らは言う。現に竹島氏は、公正取引委員会の委員長に栄転が決まっている。だが、政治主導はかたちのうえでも実態としても、もはや実感できない。特に個人情報保護法案も住基ネットも、取材して痛感するのは、完全に官僚主導であることだ。
政治家を押しのけて、官僚が前面に出て推進したとの印象を抱かざるをえないのだ。だからこそ、政策の過ちが明らかになったとき、彼らにも責任を取らせることが必要なのだ。
官僚の責任を追及する法律を立法することで、官僚の唯我独尊と暴走を止めることが、今、最も重要である。