「 拉致被害者、横田めぐみさんをなぜ北朝鮮は必死に隠すのか 」
『週刊ダイヤモンド』 2009年5月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 788
4月25日のテレビ朝日の「朝まで生テレビ」で「横田めぐみさんも有本恵子さんもすでに死亡している」と、総合司会の田原総一朗氏が、“外務省二番目か三番目”の高位の人物の情報として、語ったそうだ。恵子さんのお父様の有本明弘さんが怒っていた。めぐみさんのご家族も、その他の拉致被害者のご家族も、同じ思いだった。
明弘さんの怒りが爆発したのは、5月6日、日比谷公会堂で開かれた「拉致被害者の早期救出を求める国民大集会」でだった。家族の皆さんは問うているのだ。なぜ、北朝鮮の言い分を、確証もないのに確定事実であるかのように主張するのか、と。
折しも、国民大集会では、約10年ぶりに語り始めた金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏の、めぐみさんについての新証言が報告された。大韓航空機爆破(KAL機事件)犯の彼女に対して、韓国の人びとの視線は厳しい。しかし、彼女は、金正日自筆のKAL機爆破指令書を受け取って、犯行に及んだ人物だ。そこに至るまでの過程で、拉致被害者の田口八重子さんに日本語を学んだのは周知であり、他の拉致被害者についてもよく知りうる立場にいた彼女の証言の価値は高い。
金賢姫氏の新証言は、韓国で最も信頼されている言論人、趙甲済(チョウ・カプチェ)氏によって報告された。氏は語る。
「金賢姫氏は三つの重要証言をしました。一、自分の同僚工作員の金淑姫(キム・スクヒ)がめぐみさんから日本語を習ったこと。二、死亡と発表された田口八重子さんは生きていると確信すること。三、自分に中国語を教えたのは、マカオから拉致されたミス孔(ゴーン)であり、彼女は、日本の『救う会』が3年前に探し当てた人物だったことです」
中国政府は拉致問題には冷淡だが、中国も拉致被害国なのだ。
趙氏の伝える金賢姫証言と、日本外務省高官の伝える情報は一見、逆の内容だ。しかし、両者を合わせ鏡のようにすれば、金正日が懸命に、KAL機事件を隠蔽しようとしていることが見えてくる。
金賢姫氏が逮捕され、初めての記者会見で実名、生い立ちなどについて詳しく語ったとき、北朝鮮は北朝鮮における金賢姫氏の存在そのものを否定した。その後、金大中、盧武鉉両政権は北朝鮮に迎合し、KAL機事件は韓国政府の自作自演だったという報道を奨励した。韓国でいまだに自作自演説を信じる人が少なからず存在するのは、それが理由だ。
北朝鮮がめぐみさんを決して出してこないのは、めぐみさんがなんらかのかたちで金正日王朝の内部を比較的知り得る立場にいたのが要因ではないかと、拉致問題に詳しい、救う会事務局長の西岡力氏らは推測する。
金賢姫氏は、彼女の同僚工作員の日本語教師がめぐみさんだったと新事実を語った。めぐみさんを日本に戻したりすれば、KAL機事件をはじめ、種々の国際犯罪が金正日の仕掛けであることが解明されてしまう。めぐみさんは、結果として、金正日の悪事に関する多くの事実を知ってしまったと思われる。だからこそ金正日は、めぐみさん死亡説を流して、その存在を隠そうとするのだ。であれば、私たちは、金正日の情報に騙されてはならない。かつて一度も、自らの言葉を忠実に守ったことのないのが金正日総書記である。そんな人物の意を体する情報に振り回され続けるのは愚かなことだ。
幸いにも、4月28日に、日本政府と韓国政府が金賢姫氏と一堂に会して彼女の話をじっくり聞いたという。李明博政権の誕生で、ようやく、事態が少しずつ変わり始めたのだ。これまで発言を封じられてきた金賢姫氏に発言の機会が与えられ、日韓両政府も耳を傾けることになった。麻生太郎首相も「全力で闘う」とのメッセージを国民大集会に送った。その言葉を信じて、金正日をさらに追い詰め、拉致された人々の救出につなげたい。