「 日中外交、意思疎通だけでは行き詰まる 」
『週刊新潮』 2023年11月30日号
日本ルネッサンス 第1075回
イスラエルも米国もハマスのイスラエル攻撃を察知できなかったが、一旦、有事が発生するや両国の反射神経は驚くほど鋭かった。バイデン大統領はハマスによる攻撃が開始された10月7日から9日までの3日間で17回も国家安全保障会議(NSC)を開いた。関係国首脳に三十数回、電話をかけて意見交換をした。ブリンケン国務長官は直ちに中東に飛んだ。
だが、相手が中国となると、状況は変わる。ハマスを支える力がイランであり、イランの背後にいるのが中国だ。より大きな脅威であるのに、中国に対するバイデン氏の対応はゆるい。
11月15日の米中首脳会談後、バイデン氏は記者会見を行い、➀フェンタニル(麻薬)、➁軍同士の対話再開、➂人工知能の3点で進展があったと語った。台湾海峡の平和と安定を守ることの重要性も強調した。
質疑応答は台湾問題から始まった。ウクライナとガザ、二つの危機に直面している米国は、もし、中国が今台湾に軍事行動を起こしたら、台湾を軍事的に助けるというこれまでの大統領の考え方に変化はないか、と問われたのだ。
バイデン氏は、自分も歴代大統領も、「中国はひとつ」という考えを守っており、それを変えることはない、と答えた。軍事的に台湾を助けるとは、今回、言わなかったのだ。
以前の考え方からの後退だととれる発言だった。会見で見せた台湾に対する姿勢は、台湾政策の施行状況からも見てとれる。2020年10月に米国は台湾にハープーン地対艦ミサイル400発を売ると約束したが、米国側は23年4月まで正式の契約を結ばなかった。このままいけば台湾がハープーンを入手するのは29年になってしまう。バイデン氏はウクライナとイスラエルのために計1050億ドル(約15兆7500億円)の緊急援助予算を実現しようとしているが、台湾に関しては20億ドルしか議会に求めていない。
米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」は17日、社説で「バイデン氏は習近平氏を懐柔するために台湾を安く見積もった。にも拘わらず、中国は米軍の戦闘機に異常接近して妨害し、フィリピン船に放水攻撃を仕掛けた」と書いた。
わが国は次の手を…
中国に譲歩したからといって、中国が米国の意を汲んで対応するわけではない。むしろ侮られるだけだ。従ってバイデン氏が対中外交を展開するに当たって、軍事力の後ろ盾をもっと有効に使えばより強い力を発揮できるのに、という批判である。
岸田文雄首相はどうか。外交を得手としている首相だが、サンフランシスコでの日中首脳会談の詳細を見れば国民は落胆するだろう。首脳会談後に行った記者会見から多くが見えてくる。短い会見の中で「意思疎通」という言葉が10回使われている。問いは全体で8問、内5問に「意思疎通」で答えているのである。
たとえば、水産物禁輸の解除に向けて「意思疎通を図っていく」と首相は答えた。尖閣における日本のEEZ(排他的経済水域)に中国が設置したブイに関しても「引き続き意思疎通を図る」そうだ。また今年は日中平和友好条約締結45周年だが、「あらゆるレベルで緊密な意思疎通を重ねていく」という具合だ。
外交に意思疎通が必要なのは言うまでもないが、首相の言う意思疎通にはどんなことが含まれているのか。
まず、中国による日本産水産物の輸入禁止の問題についてである。わが国の水産物の安全性は科学的に証明されている。中国側にはこれまで幾度もデータを示し分かってもらおうとした。IAEA(国際原子力機関)の高い評価も示した。
それでも中国は日本の処理水を「核汚染水」と呼び、安全であることを受け入れようとしない。意思疎通を図っても事態打開が困難な場合、わが国は次の手を打たなければならない。この場合はWTO(世界貿易機関)への提訴もあり得ると、中国側に示すことだ。しかしそのような具体策は中国を刺激するからとらないというのが日本政府の姿勢だ。それで話し合いを続けても解決策はどこにも見つからないだろう。
尖閣沖の日本のEEZへのブイ設置は国際法違反である。口頭で撤去を求めるだけで終わるのでなく、中国が撤去しなければわが国が撤去すると伝えることが必要だ。
アステラス製薬社員の逮捕と起訴については、まず、逮捕容疑の説明を強く求め、岸田内閣の意思として弁護体制を急ぎ整えなければならない。その上で国民を守る手段を持てるよう、たとえばスパイ防止法などの法整備をすべきだ。
地球規模の支配へと拡大
また、日本国内で一部の中国人らが違法行為を行っているのはほぼ公知の事実だ。中国は中国の警察権を、日本国内で行使しているのである。わが国はまずこの種の違法行為を厳しく取り締まるべきだ。そのためにもやはりスパイ防止法を制定し、わが国で跋扈する中国人スパイを摘発することが欠かせない。一方的かつ理不尽な理由で日本人が摘発されるのに対して、わが国には打つ手がないという現状を、たとえば中国人スパイをおさえることで打開するのだ。
対抗手段を持つことはどの国の外交においても当然である。何かあれば日本政府は国民を守るために毅然として戦う、その意思も手段もある、と示さなければならない。そうした考え方や要素が、岸田氏からも、官邸を与かる松野博一官房長官からも欠落しているように見える。
習近平主席はかつてオバマ大統領に、太平洋は米中2大国を受け入れるのに十分な広さがあると語った。太平洋を二分して東太平洋を米国が、西太平洋を中国が取ろうという提案だった。今回、習氏は地球には2つの大国を受け入れる十分な広さがあると語った。中国の野望は西太平洋の支配から地球規模の支配へと拡大したということだろう。
習氏はサンフランシスコを訪れ、グローバルサウス(GS)と呼ばれる国々の首脳も含めて精力的に各国首脳と会談した。中国貿易は西側先進国よりも今やGS諸国との取引の方が多い。日米欧の側は中国との経済切り離し(デカップリング)はできないと実感して、リスク低減(デリスキング)へと切り換えた。その間、中国は実質的にGS諸国を巻き込んで西側諸国とデカップリングを進めたということだ。中国側が西側の一歩先を行こうとしていると見てよいだろう。
米国にとって代わって地球上最強の国になるという中国の野望は何ら変わっていない。地球社会を支える枠組みとなっている国連組織は中国によって質的に変化しつつある。まさに地球秩序書きかえの企みが進行中なのである。
既存の国際秩序に依拠して従来どおりの暮らしを続けることは難しい。中国を軸にロシア、イラン、北朝鮮、米国を軸に日欧の自由陣営が相手の状況と出方を探りつつ、対立・衝突の可能性を高めながら進む時代になってしまった。岸田政権にその備えがないのが心配だ。