「 中東戦争の混乱で日本は何をすべきか 」
『週刊新潮』 2023年11月23日号
日本ルネッサンス 第1074回
国際社会は他国の戦争にどのように、どれくらい関わっていけるだろうか。世界最強の国、アメリカはウクライナやイスラエルにどこまで伴走できるだろうか。国際社会が見定めようとしているこの問いは、アメリカの対応に大きな影響を受ける日本にとっても死活的である。
大国の侵略の前で自力では到底自国を守れないウクライナは、いま米国の支援を焦りの中で待っている。ウクライナに対するアメリカの変化は、米国の同盟国であるわが国も心に刻んでおくべきことだろう。
昨年暮れ、ゼレンスキー大統領は自由陣営のヒーローだった。米国はゼレンスキー氏を迎えるために空軍機をポーランドに派遣した。その米軍機をNATO軍機が守る形で、一行はワシントン郊外のアンドリューズ空軍基地に到着した。ゼレンスキー氏は上下両院議員で満席になった米国議会で講演し、その演説は幾度も拍手で中断された。
それから1年弱の今年9月21日、ゼレンスキー氏は米国議会での演説を断られた。米議員に「もし、米国が援助しなかったらどうなるか」と問われ、「その場合、ウクライナは敗れる」と答えた。それでもウクライナに対する援助は共和党の反対で今も予算化されていない。
10月7日にハマスがパレスチナ自治区のガザからイスラエルを急襲したとき、ゼレンスキー氏は閣僚を緊急招集して、中東での戦争勃発がウクライナに及ぼす影響の分析を急いだという。
これまで氏の役割はロシアの攻撃による人道被害を訴え、世界の注目をウクライナに引きつけ続けることだった。しかし今、世界の注目はガザとパレスチナ人の被害に集中する。
構図から言えば、突然攻め込んで無差別に民間人を殺害し街を破壊したロシアと、突如攻め込んで一日で民間人など1400人を殺害し、240人を人質として連れ去ったハマスは全く同類である。米紙「ニューヨーク・タイムズ」はイスラエル人の犠牲者は拷問され、女性はレイプされた、或る人々は生きたまま焼かれ、体はバラバラに切断されたと、読むのも辛い悲惨さを報じた。
「国家の危機に対する感覚」
しかし、今、世界はひたすら、圧倒的軍事力で反撃するイスラエル軍とその犠牲者であるパレスチナ人の悲劇に注目する。戦争開始からひと月で死者が1万人を超え、うち4割が子供たちという凄まじさに世界の耳目が吸い寄せられるのは当然だ。
それにしても国際法に反して戦いを仕掛け民間人を殺戮したロシアとハマスは同類のはずだが、日本のメディアも世界のメディアも、多くのパレスチナ人が殺害され傷つき、天を仰いで慟哭する姿に圧倒され、ロシアとハマスではなく、ロシアとイスラエルを同列に置いて報じ続ける。パレスチナの人々を殺傷し続けるイスラエル軍の行動を受け入れるわけにはいかないが、なぜ、ハマスへの非難ではないのだろうか。国際政治の難しさを痛感する。
ウクライナ侵略戦争でロシアに勝たせてはならず、イスラエルとハマスの戦争でハマスに勝たせてはならない。ロシアを勝たせれば、武力で他国を制圧し領土を奪い取ることが許されてしまう。ハマスを勝たせれば、中東に芽生えかけていた和平への動きを破壊して再び凄惨で実りのない戦いの日々へと中東全体を引き戻そうとしている、ハマスなどのイランが支えるテロ勢力の企みを許容することになる。それはより大規模な戦争の引き金になりかねず、テロリズムが幅を利かせる世界を現出させることだろう。
そのような状況でわが国に何ができるのか。そんな想いで、11月10日、「言論テレビ」に参議院議員の佐藤正久氏とジャーナリストの木村太郎氏を招いた。両氏は各々ゴラン高原とベイルートに派遣された経験がある。
佐藤氏はこの戦争をイスラエルがどう見ているかをまず知るべきだと強調する。
「第一次から第四次まで、中東戦争ではイスラエルの周りは全て敵でした。そこで勝ってきて今の彼らがある。今回負ければイスラエルという国がなくなる。絶対に負けられない。ですから米国から休戦や停戦を言われただけで戦いをやめることはあり得ない。国家の危機に対する感覚が我々とは全く違います」
木村氏は特派員としてベイルートで2年間すごした。その後も50年間ずっと中東を取材してきた。
「ネタニヤフ首相は人質を取り戻すまで戦いはやめないと言っています。ガザの地下に張り巡らせたトンネルの中に人質が閉じ込められているとして、戦闘でハマスを圧迫して人質を救出できたら、それはそれで有難いけれど、全員を救出できるとは考えていないと思います。神経ガスや水で攻めることも作戦の内と報じられています。人質の存在ゆえに手が緩むことはないでしょう」
「神が与え給うた土地」
作戦の非情さは徹底しているということだ。イスラエルは11月10日、1日4時間の戦闘休止を受け入れたが、これまでもやっていたことを追認しただけだ。佐藤氏は、イスラエル軍がハマスに圧倒的に優る状況下では、ガザ北部地域でハマス勢力を壊滅させられると見る。
「問題は北部が終わった後、ガザ中南部です。そこには北部から強制的に避難させられた150万人のパレスチナ人がいます。そこで戦闘を続ければこれまで以上の犠牲者が出て、国際社会の非難はもっと強くなるでしょう。イスラエルと彼らを支援する米国がどこまで国際社会の非難に耐えられるかです」
この地域では国際法は余り役に立たないと、木村氏は指摘する。
「イスラエルの味方をするわけではないけれど、歴史上パレスチナという国が存在したことはないのです。パレスチナというエリアにアラブ人が住んでいたが、それは国でも何でもなかった。だから元々、ここにあるのはイスラエルなのだと言うのです。イスラエルとパレスチナという2か国が共存するなんてこともあり得ない。1か国しかないんだという考え方なのです」
「ネタニヤフ氏のリクード党の党是は、神が与え給うた土地を全て取り戻す、それはナイル川からユーフラテス川まで全てだと神は言ったと、彼らはそう信じているのです」とも木村氏は言う。佐藤氏が応じた。
「だから、イスラエルはガザ地区の人をずっと南に押し出していますね。さらにもっと南に、シナイ半島まで押し出したいという声もあるのです」
この地域を理解するのは容易ではない。混乱の中だからこそ、わが国はテロは許さないという原則を明確に立て、ハマスの背後のイラン、その背後の中国やロシアに厳しいメッセージを送ることだ。同時に、凄まじい被害に晒されているパレスチナの人々への支援を実行するのがよい。