「 異変続出、習主席に精神の不安か 」
『週刊新潮』 2023年10月12日号
日本ルネッサンス 第1068回
「習近平の精神状態はおかしい。尋常じゃない」
産経新聞台北支局長の矢板明夫氏が語った。確かに中国はおかしい。元々異形の国ではあるが、理解し難いことが多発している。外相に続いて国防相も突然姿を消した。中国軍の最強部隊、ロケット軍もトップ2人が突如解任され、今や組織としては機能し得ない大混乱の中にある。
一体全体、習近平国家主席に何が起きているのか、誰しも不思議に思うはずだ。それで私は矢板氏に尋ねた。精神的におかしいと決めつける具体例はあるのか、と。氏は答えた。
「8月21日、習氏はBRICS首脳会議のため南アフリカに行きましたが随行団は500人に上りました。宿泊先のホテルの従業員を全員入れ替えて中国人だけにしました。そして枕からカーテン、シーツに至るまで全て中国から持参したものに取り替えさせたのです」
ここで矢板氏は「中国人が一番危ないのに……」と笑った。
身の回りの物全てを中国から持参させるなど、これまでの外遊ではなかったことだそうだ。この突然の変化は、習氏が自分の身に何が起きるか分からない、暗殺も十分にあり得ると、警戒を強めたことを示しているのだろう。
「それだけではありません。習氏は帰国するとその足で新疆ウイグル自治区のウルムチに行きました。その後北京まで延々と列車に乗って戻ったのです」(矢板氏)
習氏はウルムチで「中華民族の共同体意識をがっちり固めること」「正しい国家観、民族観、歴史観、文化観、宗教観を持って」「宗教の中国化を強化せよ」と現地指導している。
習政権下でウイグル人はジェノサイドと呼ばれる悪魔の弾圧に晒されている。ジェノサイドを進めてもまだ足りずに、宗教の中国化、つまり、イスラム教信仰を根こそぎなくしてしまおうというのである。
強権的政策を優先
米外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』(9~10月号)に、2001年に中国報道でピュリツァー賞を受けたイアン・ジョンソン氏が書いている。この10年、習政権は宗教弾圧を強化し続け、政府の認定しない宗教施設は全て閉鎖された。未成年者は宗教施設への立ち入りを許されず、北京近郊にある宗教施設の本部は国有企業の中に移設された。そこは今、民間の警備会社と警察が巡回している。つまり監視されているのだ。同宗教施設には「党は私の心、永遠に党に従う」など、中国共産党のプロパガンダのポスターがベタベタと貼りつけられているという。
習氏は、南アではBRICSのメンバー国に新たにサウジアラビアなど6か国を追加すると発表した。中国主導のBRICSは世界人口の46%を占める一大組織となった。対外的に力をつけながら、国内での締めつけを異常なまでに強化する習氏の意図は何なのだろうか。
氏の体制固めにかける気迫は尋常ではない。安倍晋三氏が第2次政権を発足させるひと月前の12年11月、習氏は中国共産党のトップの座についた。以来、中国では報道の自由、司法の独立、文明社会の推進、独立した視点からの歴史観などについて教えることが次々に禁止された。
ジョンソン氏は、習氏の前の胡錦濤・温家宝政権の時代には共産党首脳が地方を視察する目的は自然災害などで苦しむ人々の見舞いが多かったが、習氏になってからは地方視察は党や政府に忠実に従えと、専ら説教するためのものに変わったと指摘している。納得である。
習氏は中国共産党の支配体制を固めるため、たとえばアリババ創業者のジャック・マー氏を追放したことに見られるように、経済政策においても強権的政策を優先する。経済を一部犠牲にしてでも、共産党支配を固めることに力を注いできたと言ってよいだろう。
共産党支配の強化は、党の軍隊である人民解放軍の強化と同義である。中国歴代政権は軍事力強化のために対前年度比で軍事予算を2桁台の伸び率で増やしてきた。軍優先政策は1989年以来、中国政府の一貫した政策ではあるが、それをさらに進めたのが習氏である。結果、私たちは前代未聞の危機に直面している。
8月半ばに米有力シンクタンクのアトランティック・カウンシルが出した、東アジアにおける紛争に米国とその同盟国はどう対処すべきかについての25頁の報告書は、想定内とはいえ、厳しい内容だ。中国も北朝鮮も戦術核のさらなる小型化と精鋭化に力を注いでおり、今後5年~10年の間に、限定的核戦争勃発の可能性が高まっているというのだ。
コントロールの難しい国
北朝鮮は21年1月以降、戦術核に関する自国の能力の改善、進展振りについて度々言及してきた。22年9月8日には核保有国だと公式に宣言し、自国を守るために核の先制攻撃を行う権利があると明文化した。同年10月22日には「敵殲滅のための核使用を模擬実験した」と平壌放送で発表した。こうした状況から北朝鮮が限定的核攻撃を行うことは十分にあり得ると見て備えねばならない、との報告書の警告はそのとおりであろう。
中国に関しては不透明な部分が多いものの、台湾有事又は北朝鮮が韓国に攻撃を仕掛ける朝鮮半島有事が起きたとしても、極力限定的な戦いにとどめたいと考えていると、報告書は分析する。北京は核は使いたくないと考えているとも分析している。北京の悪夢は日米韓の合同軍と戦うことであり、その場合、警戒すべきなのは北朝鮮の動きだとの指摘は傾聴に値する。中国にとっても北朝鮮はコントロールの難しい国だ。その北朝鮮が中国とどれだけ意思疎通を図ろうとするかは予測できないという。そうした中、有事の際、北朝鮮の行動が事態を悪化させ、核戦争にエスカレートしていく危険性がある。
もう一点、北朝鮮とロシアの接近がもたらす影響についても考える必要がある。金正恩総書記とプーチン大統領は互いを同志と呼び合い、金氏はロシアの「正当な戦争」に「絶対支持」を表明した。北朝鮮が中国の頭越しにロシアに接近するのを見て、中国は不快であろうが、三か国の動きがこちら側の陣営にとって意味することは深刻である。
三か国が互いに連動するのであれば、欧州とインド太平洋を切り離された独立の戦域として考えることはもはやできなくなる。バイデン政権は欧州とインド太平洋で二正面作戦を強いられるということでもある。にもかかわらず、日米韓は兵站、統制・指揮、基地、同盟政策の全てにおいて一正面作戦しか考えておらず、二正面作戦については何の準備もできていない。
バイデン政権も、日本も韓国も、危機に向き合わず間違った楽観主義に陥っているという厳しい指摘を私たちは受けとめなければならないだろう。習氏が精神的におかしいのであれば、現実の危機をまっすぐ見ないという点で、私たちの側もおかしいと言えるのではないか。