「 台湾・日本有事の実態はこんなに悲惨 」
『週刊新潮』 2023年3月30日号
日本ルネッサンス 第1042回
国際刑事裁判所(ICC)が3月17日、ロシアのプーチン大統領にウクライナからの子供連れ去りに責任があるとして、戦争犯罪容疑で逮捕状を出した。ロシアの歴史を美化し、大ロシア帝国の復活と、自らがその盟主におさまることを夢見るプーチン氏にとって、耐え難い恥辱であろう。
ICCの決断は恐らくプーチン氏の逮捕にはつながらない。しかし、人類が21世紀のいま、プーチン氏の侵略戦争を決して許さないという固い意志を示した点でこれを高く評価したい。国際政治におけるプーチン氏の影響力はさらに低下するであろうし、プーチン陣営の側に立つ国々の指導者も、プーチン氏と同類と見られることを覚悟しなければならない。
2泊3日で国賓としてロシアを訪れた中国の習近平国家主席もプーチン氏と同類である。中立を装ってロシアとウクライナの仲介者たらんとするが、習氏自身がウイグル人ジェノサイドを主導する悪人であることを忘れてはならない。習氏とプーチン氏の握手は人類の悪夢だ。
ウクライナへの侵略戦争をやめないロシアに中国は「1945年以来、最大規模の戦争を遂行するために武器と弾薬を供給する陰謀を企てている」と、マット・ポッティンジャー氏が3月6日「ワシントン・ポスト」紙の講演で語った。氏はトランプ政権の安全保障担当大統領副補佐官、米国屈指の中国問題専門家だ。
事実、米国政府当局者は18日、ロシアがウクライナの戦場で中国製弾薬を使用したことを確認したと発表した。中国が直接ロシアに供与したのか、第三国経由でロシアに渡ったのかは不明だが、中国製弾薬はすでに戦場で使われているのだ。多数の中国製無人機も、その経路は明らかにされていないが、ウクライナ戦に投入済みであることも判明している。武器・弾薬の供給という陰謀は進行中なのだ。
こんなことをしながら、中国は中立の立場を取る平和の仲介者であると、厚顔にも繰り返す。自身をピース・メーカーとして位置づける習氏だが、薄皮を一枚めくれば、習氏はロシアを支えながら、ウクライナ戦の顛末から台湾侵略の教訓を得ようとしているにすぎない。
エネルギーが枯渇する
米国では今年1月27日に航空機動軍司令官のミニハン氏が「私の直感だが」と前置きして「2025年に(中国と)戦うことになる」と述べ、麾下5万人の隊員に準備を命じた。ミニハン氏の指揮する機動軍は輸送機、空中給油機計500機を有し、台湾有事では兵士、兵器、物資をグアム、ハワイ、米本土から台湾に空輸する役割を担う。
元陸上幕僚長の岩田清文氏は、このような大規模な輸送任務は緻密かつ複雑で、計画の立案、完成までに年単位の時間を要すると指摘する。
米軍はすでに動いている。2月24日には「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙が台湾常駐の海兵隊員を現在の4倍の200名規模に増やすと報じた。米国政府の台湾政策は戦略的曖昧路線だが、実際には台湾支援の軍事作戦を形にしつつある。
中国はどう対峙しようとしているのか。昨年8月2日、米下院議長のペロシ氏が訪台したとき、私たちは中国の台湾攻略法を見た。人民解放軍(PLA)は台湾の周りに6か所の訓練区域を設けて台湾を完全に封鎖した。これで何が起きるか。まず、エネルギーの枯渇から台湾全土がブラックアウトする事態だ。
蔡英文総統は脱原発を掲げており、LNG(液化天然ガス)の備蓄を使い果たせば台湾の電力供給は止まる。備蓄は11日分しかない。昨年8月の中国の軍事訓練は容赦ない形で7日間続いた。あと4日続けば、と考えれば背筋が寒くなる。本物の有事の際、中国はあの通りにやるだろう。そして中国が7日で封鎖を解くことはないだろう。
これは即、日本の危機でもある。台湾の海上封鎖により日本のシーレーンも南シナ海で切られ、日本は台湾海峡もバシー海峡も通れない。台湾同様、航路を閉ざされエネルギーが枯渇する。
PLAの次の行動は台湾への着上陸攻撃だ。ロシアがウクライナに仕掛けた無慈悲な攻撃が台湾で再現される。習氏がウクライナにおけるロシアの失敗から学んだことがここで活かされる。中国が台湾有事で勝利するには、米軍を台湾に寄せつけないことが肝要だということだ。
米軍と台湾の距離はグアムから3000キロ、ハワイから8000キロ、本土から1万キロである。第三次世界大戦、とりわけ核戦争を恐れる米中は互いの本土への攻撃は控えるだろう。
学校、病院、駅、幹線道路
日本に関してはどうか。ここで想い出すのは昨年10月17日、ブリンケン国務長官がスタンフォード大学で語ったことだ。ブリンケン氏は中国が台湾海峡の現状維持政策を変えた件についてこう語った。
「北京は統一をもっと早い時間軸で実現しようと決断した。平和的手段が機能しないなら、威圧的手法を使う。それが機能しないなら、軍事力行使で目的を達成するだろう」
「軍事力行使で目的達成」の件りは日本に適用されるだろう。沖縄本島の嘉手納基地から台湾までは750キロ、PLAは米軍を台湾に近づけさせないために、沖縄の嘉手納基地のみならず、与那国、石垣、宮古などの島も叩くと考えて準備しなければならない。島々を無力化するために、発電所、電気通信システム、海底ケーブルなどの破壊や切断は真っ先に行われると、岩田氏は指摘し、こう語る。
「そのような状況が出現する頃には米軍も台湾に上陸していると考えられます。即ち日米同盟が発動されます。ここからは完全に軍事行動に移ります。ここで強調したいのは、ロシアがウクライナにしていること、学校、病院、駅、幹線道路など、社会全体を機能不全に突き落とすために日本全土の基幹インフラを攻撃するだろうということです。
戦後80年近く、平和は当然だと信じてきた日本人には信じ難いでしょうが、台湾有事、日本有事とはこういうことなのです」
戦争を起こさせないための強い抑止力を持つには何をすべきか。まず第一に、台湾防衛に立ち上がる米軍を日本が全力で支援することだと岩田氏は強調する。日本がここで日和ってはならない。次に米軍との協力で沖縄・南西諸島を守り、日本全体を中国のミサイル・テロ攻撃から守る体制を作ること、ここで妥協してはならない。その上で沖縄・南西諸島の住民、台湾の邦人、台湾から逃れてくる多くの台湾人及び外国人の受け入れ態勢の構築に一日も早く入ることだ。こうして初めて日本の台湾防衛の意志は本気なのだと知らしめることができる。本気で台湾を守る、そのことは日本を守ることだと、日本政府が国民に明確に打ち出すことが重要だ。