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2022.09.15 (木)

「 自衛隊法改正が危機対応の前提だ 」

『週刊新潮』 2022年9月15日号
日本ルネッサンス 第1015回

ナンシー・ペロシ米下院議長の台湾訪問を機に、台湾を巡る軍事情勢が大きく変化した。中国軍機はほぼ連日、台湾海峡の中間線を越えて飛行し威嚇を続ける。中国に近い台湾の離島、金門島と馬祖島には中国軍の無人機(ドローン)が侵入を続ける。台湾側は遂に9月1日、中国の無人機を撃ち落とした。台湾情勢は確実に緊張激化の方向に進んでいる。

また、ロシアが極東で行う4年に一度の軍事訓練、「ボストーク2022」では中露両軍が北海道沖の日本海で実射訓練をした。台湾有事のとき、ロシアは北方領土や北海道周辺で軍事行動を展開し、日本が南西諸島と台湾に集中できないように、力を分散させる戦略が見てとれる。

危機が迫るいま、有事で押し潰されないように自衛力を強め、理に適った軍事行動をとれるように自衛隊法の欠陥を正して部隊行動基準(ROE)を定めることが急がれる。元空将の織田邦男氏が、空における軍事的緊張の危険性について次のように警告した。

日本も中国もどの国の空軍も戦闘機にはミサイルを搭載し、機関砲を装備して飛ぶ。フル装備の戦闘機同士がミサイルの射程圏内で遭遇する場合、明確なルールに従って行動しなければ空中衝突やミサイル発射という重大事に至りかねない。地上や海上とは異なり、戦闘機の動きは超高速で、危機は瞬時に有事に発展する。あらゆる意味で一触即発の危機に満ちているのが空だという。

にもかかわらず、日本には危機をエスカレートさせないための法的整備がない、つまりROEがないと、織田氏は憂える。

陸も海も同様の不備に直面している。法律の土台になっている憲法が、日本国は軍事力(戦力)を持ってはならないと規定し、自衛隊を軍隊ではなく警察権の範疇にいれていることが元凶である。憲法は、国民、国土、領海、領空を守るにしても、力の行使は最小限にとどめ、最後の最後になっても軍事的手段はとらないとする考え方で作られている。それゆえに有事対応の法律が整備されていないのは当然であろう。

軍と警察の大きな違い

その結果、台湾・日本有事のとき、与那国、宮古、下地、石垣などの沖縄の島々の住民避難は「武力攻撃事態」が認定されてからようやく指示が出せる状況だ。それでは遅すぎて住民は命の危険に晒される。

なぜもっと早めに武力攻撃事態を宣言できないのかという疑問は当然だ。元陸上幕僚長の岩田清文氏は、これを国レベルで考えると全く別の様相が見えてくると語る。

「もし日本政府が沖縄・台湾を巡る情勢が武力攻撃事態に至ったと認定すれば、中国はこれを敵対的宣言と受けとめ事態がエスカレートしかねません。その場合、中国在住の邦人10万人は人質にされ、日本企業の資産も凍結されかねない。国民と企業を守るために武力攻撃事態の認定が出来ないという矛盾に陥るのです」

ならば、宣戦布告ととられるような宣言を出さずとも、眼前の状況判断に基づいて住民避難を指示できるようにするのが政治であり、通常の軍の法体系であろう。しかし、日本国の法律はこのような臨機応変の判断を自衛隊には許していない。

これは軍のおよそ全てを否定する憲法の精神から生まれた悪しき結果である。前述のように反軍思想に貫かれている憲法で自衛隊は軍隊でなく警察法の体系下に置かれている。軍と警察の大きな違いはネガティブ・リストとポジティブ・リストである。日本を除く国々では軍はネガティブ・リストに基づいて行動する。これはしてはならないことのリストだ。非戦闘員を殺してはならない、学校や病院を攻撃してはならない、捕虜を虐待してはならないなどがその典型例だ。軍隊はこのネガティブ・リストを守ったうえで、状況に応じて司令官の判断で最善の方法をとって使命を達成する。

一方、警察はポジティブ・リストにあたる警察官職務執行法によって、してよいことを法律として明記している。逆に言えば、リストにないことは一切してはならないのだ。

有事が迫ったとしても現場判断で住民に避難指示ができないのはこのポジティブ・リスト、つまり警察ルールゆえだ。政府が武力攻撃を認定して初めて、法制化されたルールに従って住民への退避の指示が許されるというわけだ。自衛隊も国際社会の軍と同様、ネガティブ・リストを行動基準とするのがよいのだが、それができていない。繰り返すが元凶は憲法だ。織田氏が語る。

「どの国のどの軍隊も、いつでも命令一下、自衛権行使の権限を与えられています。ただ、軍がやたらに軍事行動に走らないように制御するROEがあり、ROEが厳守されているかを監視するのが政治の役割です。日本は命令を下すための法律論議が複雑で、命令が下ってからはROEのかわりに、警察法に基づくポジティブ・リストで自衛隊を縛っているのです」

ひたすら逃げるしか

全てが流動的になる有事のとき、現場でとるべき最善の行動を、永田町で作った法律で時々刻々に、的確に把握し対応するのは困難だ。いま迫りつつある危機に現行法のままの体制で対応すれば、すでに述べたように住民避難のための宣言が事態を逆にエスカレートさせかねない。

この本末転倒を避けるためのルールがROEなのである。ROEの設定によって、実は自衛隊員の直面する危機はより適切に管理され、結果として隊員の命も守られることになる。織田氏が2016年に、東シナ海上空で発生した危機について語った。

「当時、海上では日米印の共同軍事訓練が進行中で、海上の動きに呼応するように中国人民解放軍(PLA)の戦闘機が南下してきたのです。当然、航空自衛隊はスクランブルをかけました。それに対して中国機が突然挑発行動を取った。空自機をミサイル標的としてロックオンし、空自機は撃墜されかねない危機に陥りました」

他国の空軍ならROEに基づいて空中戦(ドッグファイト)で逆転し、相手の戦闘機にミサイルをロックオンできる位置をとることなどが可能だ。しかし、日本国にはそれがない。結果として空自機はひたすら逃げるしかなかった。

「ミサイルの目眩ましになるフレアを出しながら、一挙に何万フィートも降下するという命がけの危機回避行動でベテランの空自パイロットはようやく逃げきりました。けれど状況をふりかえれば、撃墜され、危機がエスカレートして日中紛争が起きてもおかしくなかったと思います」

緊張が高まる今だからこそ、危機対応は現場の状況を踏まえなければならない。現行の法の隙間を埋めるために、どの国の軍にもあるROEの設定が急がれる。諸悪の根源である憲法改正の実現は言うまでもない。

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「 自衛隊法改正が危機対応の前提だ 」

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