「 国民革命デモ、文氏の横暴を止められるか 」
『週刊新潮』 2019年11月7日号
日本ルネッサンス 第875号
韓国国民が闘っている。ソウルでは10月3日の「開天節」(韓国の建国記念日)に続いて、9日の「ハングルの日」にも文在寅大統領の内外政策すべてに反対する大規模デモが行われた。25日夜から26日にかけても国民各層が集結し文政権打倒を叫んだ。
彼らの要求は、娘の不正入学をはじめ数々のスキャンダルを抱える曹国氏の法務大臣辞任から文政権打倒へと一段と強まった。多くの国民が、曹氏辞任だけでは文政権の悪事は終わらない、文政権の狙いは韓国という国家、その価値観の粉砕だと、ようやく気付いたのだ。
韓国デモのこの質的変化は、デモをする人々がつい先頃まで「保守派デモ」と自称していたのが、「国民革命」と呼び始めたことにも表れている。韓国言論界の重鎮、趙甲濟氏はこう説明する。
「文政権などの左翼勢力は『民族』や『民衆』という言葉を使って大韓民国を否定してきました。韓国は自由と民主主義を国是としています。なのに、種々の制度を変えてそうした価値観を抹殺しようとするのは憲法違反です。国が憲法を守らないなら、主権者の国民が立ち上がり憲法を守る。それが国民革命の意味です」
趙氏らの国民革命には反日スローガンはひとつもない。朝鮮問題専門家の西岡力氏はこれを、理不尽な反日主義から脱け出した「自由と全体主義の戦い」だと言い切った(「言論テレビ」10月25日)。
周知のように曹氏は法相就任から35日で辞任した。多くのメディアが保守派デモ、国民の厳しい批判、検察に追い詰められた末の辞任だと分析した。だが真の理由は他にあるのではないか。
辞任に当たって曹氏は「私は自らに課せられた役割を果たした」と語った。彼が果たしたと主張する「役割」とは、辞任表明の3時間前に発表した「検察改革」を含めて、長年構想を練ってきた左翼革命実現の道筋をつけたということであろう。曹氏や文大統領のいう検察改革の本質は、曹氏が発案した「政治検察」、韓国型ゲシュタポの創設である。
逮捕は時間の問題
今年4月末に遡る。文政権はこのとき「高位公職者犯罪捜査処」(公捜処)の設置法案を「迅速処理案件」に指定した。日本にはないこの制度は、迅速処理案件に指定された法案は提出後330日が経過すれば必ず採決すべしという制度だ。仮に法案審議の委員会が抵抗して審議が進まなくても、議長権限で委員会の頭越しに本会議で採決が出来る。
迅速処理案件に指定された「公捜処」設置法案は、捜査、逮捕、起訴などの権限を検察から取り上げ、大統領直属の公捜処に移すというものだ。公捜処のトップは大統領が直接任命するため、大統領権限が異常に強大化する。政治検察と呼ばれるゆえんである。捜査対象となるのは高位公職者約6000人で、法案には以下のように詳述されている。
「大統領、国会議長と国会議員、大法院長と大法官(最高裁判所長官と最高裁判事)、憲法裁判所長と憲法裁判官……」
その他にも高位の軍人、高位の警察官など国家の政策決定や秩序維持に携わるあらゆる分野の高位者が対象とされている。大統領は捜査対象の一番手に明記されているが、公捜処長官は大統領が任命するため、事実上大統領は捜査対象にはならない。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪熒氏が指摘した。
「公捜処の捜査対象者は6000人ですが、うち5000人が判事と検事です。法案をよく読んで下さい。さまざまな公職者には、たとえば『政務職以上』とか、『特別市長』とか『警務官以上』などと条件がついています。他方、司法に携わる者については『判事と検事』だけ、即ち、全員です。司法権限は起訴権も含めて公捜処が全ておさえる。まさに司法クーデターです」
同法案成立を文政権が異常に急いでいる。公捜処設置法案が4月末に国会に提出され迅速処理案件に指定されたことは前述したが、当時の様子を西岡氏が語った。
「迅速処理案件に押し込もうとする文氏の与党に、野党第一党の自由韓国党が反対して議場は激しい殴り合いの修羅場になりました。暴力沙汰でやっと通したのです。そしていま、天皇陛下(現上皇陛下)の謝罪を求めたあの国会議長の文喜相氏が330日でなく180日で採決できると言い始めました。法律のどこにもそんなことは一言も書かれていません。法的根拠の全くない超法規的手法です」
文大統領一派の主張する180日目が10月28日だ。従って本稿が皆さんの目に触れる頃、或いは公捜処設置法案は可決成立しているやもしれない。このように無法を承知でごり押しする背景に曹氏を巡る深い闇があるとの見方がある。曹氏の妻は10月24日に逮捕された。このまま捜査が続けば曹氏の逮捕は時間の問題だ。その場合、どのような闇が暴かれるのか。
北朝鮮の麻薬スキャンダル
前述のように曹氏は公捜処を立案した人物だ。韓国を左翼独裁革命で潰そうと考えている点で、大統領の文氏とは同志である。思想が同じで、甘いマスクで国民に人気のある(あった)曹氏を、文氏が後継者に考えていたのは間違いないだろう。
曹氏を政治家にするには一定の資金が必要だ。曹氏が多額の資金をファンドに投資していることは判明済みだが、そのファンドの投資先にソウル市が大規模発注をしているのである。これは政権全体による闇の政治資金作りなのではないかとの疑惑が指摘されるゆえんである。
疑惑はまだある。2017年5月、文氏は曹氏を民情首席秘書官に任命した。検察などの法務行政全体を監督するこの地位には検察出身者が就くのが通例で、曹氏のような学界出身者の起用は異例だった。
洪氏は、曹氏が民情首席秘書官を務めた2年余りの間に北朝鮮の麻薬に関する巨大スキャンダルを隠蔽した疑いも浮上していると指摘する。
捜査が進めば、一連の疑惑が文政権の致命傷となりかねない。そのような事態を防ぐために文政権が公捜処設置法成立を急いでいる可能性もある。
それにしてもこの後ろめたい法案を韓国国会は通すのか。韓国は一院制で300議席、3名欠員で現状勢力は297、法案可決には過半数の149が必要だ。文氏の与党「ともに民主党」は128で、与党系無所属の1人を加えて129、過半数に20議席不足だ。第一野党の「自由韓国党」以外の少数党は左翼政党で、彼らが文政権に協力すれば公捜処設置法案は可決される。
一方で、国民革命デモは間違いなく勢いを増しつつある。国民革命の前で左翼政党は文政権に肩入れできるのか。国民は勝てるのか。韓国はまさにぎりぎりの戦いの中にある。