「 核・ミサイル・拉致問題の解決に向けて北朝鮮をさらに追い詰めることが必要だ 」
『週刊ダイヤモンド』 2019年4月27日・5月4日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1277
日本は春爛漫の美しい季節だ。花のあとは瑞々しい若葉を愛でる。日本列島に住む私たちは、一人一人さまざまな課題や苦労があるにせよ、概して幸せだと思う。
そんなことを考え、北朝鮮に捕らわれている拉致被害者を想う。横田めぐみさんや増元るみ子さん、有本恵子さんをはじめ800人を超える拉致被害者は無事にすごしているだろうか。
4月から5月の北朝鮮は最も食糧が不足する。5月末からジャガイモの収穫が始まるが、それまでに前年の穀物は食べ尽くされている。沿岸漁業権が中国に売り渡されたために北朝鮮の漁船は遠い沖合でしか漁ができない。油代は高く、大きな船もなく、北朝鮮の住民には満足に魚も供給されない。今年に入って餓死者が出始めたとの少なからぬ情報が伝わってくる中で、2月11日、北朝鮮は国連に140万トンの食糧援助を申請済みだ。
2月末に米朝首脳会談が決裂し、それを受けての4月11日の最高人民会議で、金正恩朝鮮労働党委員長は27回も「自力更生」の重要性を強調した。これこそ北朝鮮の国民が最も恐れている言葉だ。それは、北朝鮮政府は国民のための食糧を確保できないという告白であり、自力で生き延びよと国民を突き放す宣言に他ならないからだ。
最高人民会議で発表された党人事からも、正恩氏の切羽詰まっている様子が窺える。
首相に任命された金才竜(キム・ジェリョン)氏は慈江道(チャガンド)県の党の責任者だった。慈江道は中朝国境に位置する軍需産業の中心地だ。ここでかつて「慈江道の人々」という四時間の映画が製作された。1990年代に正恩氏の父親、金正日氏の指導の下、核開発を優先する余り、経済不振で人々がバタバタと餓死した。しかし、人民は自力更生の精神で立ち向かい、泥を食べて飢えをしのぎ、神聖な国家防衛の軍需産業を守り通したという政治学習用の映画だった。
その映画が製作された県の実力者が首相に任命された。それは、正恩氏が父親と同じく、人民を飢えさせても核・ミサイル開発を続けるということか。かつて300万人が餓死した正日時代の「苦難の行軍」を、北朝鮮の国民は再び迫られるということか。
正恩氏は米朝首脳会談でベトナム・ハノイに出発する直前に、労働党幹部の政治学習で、米朝会談は成功する、5月から主食の配給が復活すると説明させていた。朝鮮問題の専門家、西岡力氏は4月12日、インターネットの「言論テレビ」でこう語った。
「通常、指導者の日程などは極秘にする北朝鮮で、ハノイ会談のときは出発前から大々的に宣伝した。党の宣伝や扇動の最高責任者は正恩氏の妹の与正氏です。彼女はトランプ米大統領との交渉に自信を持ち、米朝交渉の過程を最初から公開したのです。ところが会談は決裂、彼女の戦略の失敗です」
正恩氏は会談決裂後、大酒を飲み「この結果は何だ!」と不満をぶちまけたと、西岡氏は言う。
「正恩氏は与正氏を粛清できない。それで人事を大きく変えることはしなかったのですが、ハノイに同行した崔善姫外務次官は国務委員に大抜擢です」
国務委員は全部で11人、正恩氏の次に位置する特権的指導者層で、異例の出世である。しかし、正恩体制下の出世は災いの元だ。責任を取らされ、処刑されかねない。正恩氏は与正氏は切れないが崔善姫氏なら簡単に切るだろう。北朝鮮の幹部たちは、こんな危険は真っ平で、責任ある地位にはつかず賄賂で蓄財に励むのが一番よいと考えていると、西岡氏は語る。幹部の蓄財に気づいている正恩氏は資金枯渇を補うために、党に献金すれば不正蓄財の罪は問わないという指示を出した。すでに体制は崩壊しているのだ。
正恩氏が、生き残りの道は核・ミサイル・拉致の全てを解決するしかないと悟るまで追い詰めることが必要だ。