「 チベット人に切実な法王後継者問題 中国共産党から仏教を守り通せるか 」
『週刊ダイヤモンド』 2019年2月23日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1268
米議会は昨年10月、超党派で「中国に関する議会・行政府委員会の年次報告書」を発表、中国共産党政府の少数民族弾圧は、「人道に対する罪」だと明記した。時効のない、最も厳しく追及されるべき犯罪という意味だ。
同報告書は新疆ウイグル自治区を焦点としたが、チベットも同じである。中国政府のチベット弾圧は、ウイグル弾圧同様、激化するばかりだ。その中でチベット人にとって今年84歳になる法王、ダライ・ラマ14世の後継者問題はとりわけ切実である。
チベット仏教には最高位の指導者としてダライ・ラマと、それに次ぐ地位のパンチェン・ラマが存在する。いずれも前任者の死を受けて幼児が後継者として選ばれる。チベット仏教の指導的僧侶たちが幼児を守り、立派な指導者として育て上げるが、それには20年近い歳月が必要だ。
中国共産党は、高齢のダライ・ラマ14世の後継者は自分たちが選ぶと宣言済みだ。宗教を信じない共産主義者に他民族の宗教指導者を選ぶ資格などないのだが、彼らはお構いなしである。
中国には「前科」がある。1995年、ダライ・ラマ14世は、死亡したパンチェン・ラマの生まれ変わりとして六歳のゲンドゥン・チューキ・ニマ氏を選んだが、中国共産党はニマ氏を家族ごと誘拐し、別の少年、ギャンツェン・ノルブ氏をパンチェン・ラマ11世に指名した。ニマ氏は未だに行方不明、中国共産党はノルブ氏を育て、彼こそが真実のパンチェン・ラマ11世だと主張する。
このような事例があるために、チベット人はいま、次のダライ・ラマをどのように選ぶべきか悩んでいるのである。センゲ首相が率直に語った。
「私は(亡命政権が位置するインド北部の)ダラムサラにいる時にはいつも法王の教えを受けています。法王は、私に、次のダライ・ラマ選出方法を責任を持って決めよと命じました。法王の御意思を聞きながら、既に、次のダライ・ラマ選出に関しての意見聴取を進めています」
チベット仏教各宗派の長老達との第1回会議もチベット内外に住む高位の僧、数百人の意見聴取も終えたという。今年6月と10月にも世界各地からチベット仏教指導者がダラムサラに集まり、来年取りまとめに入るという。
「全員、とても真剣です。私はいま任期2期目で、あと2年半、主席大臣(首相)を務めます。この間に結論を出したいと思います」とセンゲ氏。
現在3つの案が有力だ。
(1)チベット仏教の伝統を踏まえダライ・ラマ14世の死後、生まれ変わりの幼い男児を探す、(2)長老達が選ぶ、(3)法王自身が亡くなる前に自らの生まれ変わりを指名する。
センゲ氏の説明では、法王は保守的で仏教の伝統を大事にするため、伝統に従えば(1)の方法しかない。しかし法王は柔軟であり、3つの選択肢の全てが頭の中にあるともいう。
(1)の場合、前述のように幼児の成長までに20年近い歳月が必要で、その間、チベットは中国の介入に脅かされる。中国共産党はチベット仏教を本気で潰しにかかると危惧されている。結果、センゲ氏は(3)に期待する。
「法王が、自分の生まれ変わりとして10代の少年を選べば、長い時間をかけずに次の法王になれます。少年がまず第一に善きチベット仏教徒で、賢く、徳の高いことは無論必須条件です。しかし選ばれれば、彼はダライ・ラマ14世の命のある限り、指導を受け、その徳と叡智を吸収し、立派に成人するでしょう。このようにして15世が育っていけば中国は一切介入できません。私自身はこの(3)の選択肢が最善ではないかと思います」
チベットの人々の柔軟な思考で中国の介入を退け、チベット仏教を守り通せるよう、私は願っている。