「 日本よ自立せよ、米国は保護者ではない 」
『週刊新潮』 2018年5月24日号
日本ルネッサンス 第803回
朝鮮半島を巡って尋常ならざる動きが続いている。金正恩朝鮮労働党委員長は、3月26、27の両日、北京で習近平国家主席と初の首脳会談をした。5月7日と8日には、大連で再び習氏と会談した。5月14日には平壌から重要人物が北京を訪れたとの情報が駆け巡った。
北朝鮮はいまや中国の助言と指示なくして動けない。正恩氏は中国に命乞いをし、中国は巧みに窮鳥を懐に取り込んだ。
米国からは、3月末にマイク・ポンペオ中央情報局(CIA)長官が平壌を訪れ、5月9日には国務長官として再び平壌に飛んだ。このときポンペオ氏は、正恩氏から完全非核化の約束とそれまで拘束されていた3人の米国人の身柄を受け取り、13時間の滞在を満面の笑みで締めくくった。
その前日にトランプ大統領はイランとの核合意離脱を発表した。14日には在イスラエル米大使館をテルアビブからエルサレムに移した。
一連の外交政策には国家安全保障問題担当大統領補佐官、ジョン・ボルトン氏の決意が反映されている。
中国はこの間、海軍力強化を誇示した。4月12日には中国史上最大規模の観艦式を南シナ海で行い、習氏が「強大な海軍を建設する任務が今ほど差し迫ったことはない。世界一流の海軍建設に努力せよ」と檄を飛ばした。5月13日には中国初の国産空母の試験航海に踏み切り、当初2020年の就役予定を来年にも早める方針を示した。
2月に米国が台湾旅行法を上院の全会一致で可決し、米国の要人も軍人も自由に台湾を訪れることが出来るようになったが、中国はそうした米国の意図を力で阻む姿勢を見せていると考えるべきだろう。
こうした状況の下、ボルトン氏は北朝鮮にこの上なく明確なメッセージを発し続けた。
「リビアモデル」
4月29日、CBSニュースの「フェース・ザ・ネーション」で、5月6日、FOXニュースで、北朝鮮には「リビアモデル」を適用すると明言した。カダフィ大佐が全ての核関連施設を米英の情報機関に開放し、3か月で核のみならず、ミサイル及び化学兵器の廃棄を成し遂げたやり方である。
正恩氏は3月の中朝会談や4月27日の南北首脳会談で非核化は「段階的」に進め、各段階毎に経済的支援を取りつけたいとの主張を展開していたが、ボルトン発言はそうした考えを明確に拒否するものだった。
それだけではない。ボルトン氏は日本人や韓国人の拉致被害者の解放と米国人3人の人質解放を求めた。その要求に応える形で、正恩氏は前述のようにポンペオ氏に3人の米国人を引き渡した。
ポンペオ氏の平壌行きに同行を許された記者の1人、「ワシントン・ポスト」のキャロル・モレロ氏が平壌行きの舞台裏について書いている。氏は5月4日には新しいパスポートと出発の準備をするよう指示を受けた。3日後、4時間後に出発との報せを受けた。アンドリューズ空軍基地の航空機には、ホワイトハウス、国家安全保障会議、国務省のスタッフに加えて、医師と心理療法士も乗り込んでいた。
ポンペオ氏の再度の平壌行きは正恩氏が完全な非核化を告げ人質解放を実行するためだったわけだ。4月29日と5月6日のボルトン氏の厳しい要求を聞いて正恩氏がふるえ上がり、対応策と支援を習氏に求めるために5月7~8日に大連に行ったということであろう。
中朝会談について、5月14日の「読売新聞」朝刊が中川孝之、中島健太郎両特派員の報告で報じている。それによると、大連会談では正恩氏が「非核化の中間段階でも経済支援を受けることが可能かどうか」を習氏に打診し、習氏が「米朝首脳会談で非核化合意が成立すれば」可能だと答えていたそうだ。
また、正恩氏が「米国は、非核化を終えれば経済支援すると言うが、米国が約束を守るとは信じられない」と不満を表明したとも報じられた。
「読売」の報道は、大連会談で中国の支援を得た正恩氏が、中国の事実上の指示に従ってその直後のポンペオ氏との会談に臨んだことを示唆している。正恩氏が米国の要求を受け入れたことで、米国側はいま、どのように考えているかを示すのが、5月13日の「FOXニュース」でのポンペオ発言だ。氏は次のように質問された。
「金氏が正しい道を選べば、繁栄を手にするだろうと、あなたは11日に発言しています。どういう意味ですか」
ポンペオ氏は、米国民の税金が注ぎこまれるのではなく、米企業が事業展開することで北朝鮮に繁栄がもたらされるという意味だとして、語った。
「北朝鮮には電力やインフラ整備で非常に大きな需要がある。米国の農業も北朝鮮国民が十分に肉を食べ、健康な生活を営めるよう手伝える」
天国と地獄ほどの相違
同日、ボルトン氏もCNNの「ステート・オブ・ザ・ユニオン」で語っている。
「もし、彼らが非核化をコミットするなら、北朝鮮の展望は信じられない程、強固なもの(strong)になる」「北朝鮮は正常な国となり、韓国のように世界と普通に交流することで未来が開ける」
ボルトン氏は、米国が求めているのは「完全で、検証可能で、不可逆的な核の解体」(CVID)であると述べることも忘れはしなかった。「イランと同様、核の運搬手段としての弾道ミサイルも、生物化学兵器も手放さなければならない。大統領はその他の問題、日本人の拉致被害者と韓国の拉致された市民の件も取り上げるだろう」と明言した。
ボルトン氏とポンペオ氏の表現には多少の濃淡の差があるが、米中北の三か国で進行していることの大筋が見えてくる。完全な非核化を北朝鮮が米国と約束し、中国がその後ろ盾となる。米国はリビアモデルの厳しい行程を主張しながらも、中国の事実上の介入もしくは仲介ゆえに、北朝鮮が引き延ばしをしたとしても軍事オプションは取りにくくなる。中国の対北朝鮮支援が国連決議に違反しないかどうかを、米国も国際社会も厳しく監視するのは当然だが、中国は陰に陽に、北朝鮮の側に立つ。
これまではここで妥協がはかられてきた。今回はどうか。米国と中国の、国家としての形や方向性はおよそ正反対だ。両国の国際社会に対するアプローチには天国と地獄ほどの相違がある。台湾、南シナ海、東シナ海、どの断面で見ても、さらに拉致問題を考えても日本は米国と共に歩むのが正解である。ただ、米国は日本の保護者ではない。私たちは米国と協力するのであって依存するのではない。そのことをいま、私たち日本国民が深く自覚しなければ、大変なことになると思う。