「 庭に猛禽類飛来の大事件 愛でる小鳥が狩られた自然の摂理 」
『週刊ダイヤモンド』 2018年1月27日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1216
わが家の庭には水溜まりのような小さな池がある。竹の樋からチロチロと流れ込む水がヤゴやおたまじゃくしの寝床をつくる。小鳥たちは樋に止まって小さな嘴で流水を掬い上げ、喉を潤し、浅い池に飛び込んで水浴びをする。
このところ度々飛来するのが一群の目白である。無駄のない素早い動きや抹茶色の美しい姿はいつまで見ていても飽きない。だが、私は締め切りだと思い直してまた、原稿に戻る。
そんなのどかな庭で大事件が起きた。1月15日、猛禽類の鳥が突然飛来したのだ。
私は夕方の校了時間を目指して原稿を急いでいた。突然、コツンと音がした。鳥が書斎のガラス窓にぶつかったのだ。目を上げると、鋭い目をしたその鳥はすでに獲物を足下に捕らえていた。見たこともない鳥だ。目は丸く、黄色のワッカの真ん中に、意思の強さを思わせる不敵な黒目が光っている。
私はその目に吸い寄せられた。少しも恐れていない。なぜだ。じっと見た。秘書も一緒にじっと見た。鳥も視線を外さずにじっと見返す。
真っ正面からこちらを見続けるその鳥の嘴は鋭く、曲がっている。小型だが立派な猛禽類だ。首筋からお腹にかけての羽は美しい白黒模様、太い脚は羽毛に被われ、先端の足指と爪が黄色だった(ような気がする)。背中の羽と尾羽は黒味がかった褐色で、尾羽には縞模様が浮き上がっていた。
微動だにしない姿には風格が漂う。足下にはがっしりと獲物を掴み続けている。水浴びに来ていた雀や目白はこの怖ろしい光景に飛び去ってしまい、もうどこにもいない。捕らえられた小鳥は声もあげない。猛禽が鋭い嘴で獲物をひとつつきした。思わず目を覆ったが、羽がパッと飛び散った。
それでも小鳥はもはや鳴かない。すでに息絶えているのか。小鳥が抵抗できなくなったことを確信したのか、猛禽は両脚で獲物を掴んでさっと飛び去った。
一体彼は何者なのだ。こんな都会の真ん中に飛んでくる猛禽類がいるのか。すぐさま、鳥類図鑑で調べてみた。図鑑では、あの鳥の特徴に一番近そうなのがチゴハヤブサだ。チョーゲンボーにも似ている。がっしりした脚はチゴハヤブサに近い。だが、喉元の羽毛が白くなっている。あの鳥の喉元は美しい白黒模様だった。喉から胸にかけての羽の色合いを重視すれば、チョーゲンボーだということになる。都会に飛来する猛禽類で調べるとツミが浮上した。いろいろ考え合わせると、どうもこれが一番正解に近いようだ。
いずれにしても彼は人間の家の庭で、人間が見ている前で、素早く狩りをし、見事に獲物を仕とめてみせた。
犠牲になったのは、雀にしては大きく、鳩にしては小さい鳥だった。となれば、いつも果物をついばみに来るひよ鳥が捕まったのだろうか。
ひよ鳥は庭の常連だ。常に1羽で飛んできて雀たちの上に君臨する。尾長やカラスの前では早々に退散するが、自分の体の3分の1程の雀なら、どれだけいても1羽で追い散らす。
その日もひよ鳥は事件の起きる少し前まで、池で水浴びをしていた。ひよ鳥は頭から水に飛び込んで水浴びをするおかしなところがある。彼はその日も雀たちを追い散らしていた。
「また小さな雀を苛めてる」──そう思いながらも、私は、庭の果物をついばむひよ鳥の姿を愛でていたのだ。それなのに彼はもういない。とても悲しかった。だが、これは自然の摂理だ。私は原稿に戻った。
こうして締め切りを終えてふと見ると、柿の木の枝にひよ鳥が1羽止まっているではないか。帰ってきたのか!いや違うだろう。あれだけがっしり掴まれて逃れられるはずがない。ならば、一体このひよ鳥は、どのひよ鳥なのだろうか。