「 左右陣営双方が絶対に譲らない構え 内乱とも言うべき切迫した韓国情勢 」
『週刊ダイヤモンド』 2017年3月25日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1175
韓国は革命前夜だと言ったら、韓国人の洪熒(ホン・ヒョン)氏が「前夜ではありません。すでに内戦です」と反論した。
憲法裁判所が朴槿恵大統領弾劾訴追を承認して、罷免の決定を下したのが3月10日だった。保守派はこの判断を合憲だとは認めず、「国民抵抗権」の旗印の下に「国民抵抗本部」を設置し、街頭に出て弾劾を弾劾すると気勢を上げる。
だが、憲法裁判所の判断を暴力によって覆すのは法治国家として許されるのか。洪氏はこう説明する。
「韓国憲法は、国家が正常に機能しない場合国民抵抗権で立ち上がることを認めています。これは韓国が北朝鮮と対峙して生まれた国家だからこそ、憲法に保証された国民の権利です。北朝鮮の支配下で、ルールだからといって従えば、韓国の自由や民主主義が死んでしまうからです。そのときに立ち上がる権利を保証したのです」
いま国民抵抗本部に集まる人々がふえているという。組織の中心軸を構成するのが韓国の陸・海・空の退役軍人の会だ。現役の軍人を除く軍関係者が勢揃いしていることの意味は非常に大きい。
保守派の強い危機感は、5月9日の大統領選挙で文在寅(ムン・ジェイン)氏が選ばれる可能性が高いことからも生まれている。文氏は現時点で最有力の候補者である。
「文氏が大統領になれば、大韓民国は事実上、消滅し、北朝鮮が全半島を支配するようになります」と、洪氏。
重要政策に関する文氏の発言を辿ると、洪氏の警告が大袈裟ではないことがわかる。
まず文氏は北朝鮮と連邦統一政府を作ると述べている。同構想は元々、北朝鮮の金日成主席の考えだ。南北朝鮮が同等の立場で統一政府を樹立し、一定期間後に統合し、朝鮮民族はひとつの国家になるという内容だ。
かつて金正日総書記はこう語っていた──。「南北が同等の立場で連邦政府を樹立すれば、韓国側連邦議員の半分は親北朝鮮だ。わが方は全員わが共和国支持だ。すべての政策は3対1でわれわれの思い通りになる」。
連邦政府構想は、韓国を北朝鮮支配に差し出すことだと保守派が警戒するのは尤(もっと)もであろう。
文氏の、韓国よりも北朝鮮を利することが明らかな政策提言は、連邦政府構想にとどまらない。たとえば現在日米韓は、北朝鮮の弾道ミサイルを探知し追跡し撃ち落とすための協力を進めている。その柱が戦域高高度防衛ミサイル(THAAD)の韓国配備であり、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)締結である。
前者は北朝鮮のミサイルに対する最新鋭の迎撃システムで、後者は日韓が安全保障分野の機密情報を共有するための協定である。目的は北朝鮮によるミサイル攻撃などへの効率よく素早い対処を可能にすることだ。文氏はいずれに関しても「次期政権が決定すべきだ」「締結が適切か疑問だ」と述べて、見直しを示唆している。
文氏は北朝鮮の主張を事実上受け入れるというわけだ。氏が「北朝鮮の手先」だと批判されるのはこうした理由からであろうか。
保守陣営の主張する国民抵抗権、街に出て抵抗するという考えは、平和が当たり前の日本から見れば、到底受け入れられない。しかし、私たちが韓国の保守勢力を一方的に批判することも不公平であろう。なぜなら、憲法裁判所の判断が示される前、文氏も「憲法裁判所が朴大統領弾劾を破棄すれば、次は革命しかない」と、語っていたからだ。
左右陣営双方が絶対に譲らない構えなのだ。韓国の政治は平穏におさまりそうもない。まさに、洪氏の指摘するように内戦である。韓国情勢の切迫はわが国の危機だ。そのことだけは、日本人は知っておくべきだ。