「 施政方針演説は“安全運転”で好感されても本質は“はったり”のトランプ大統領 」
『週刊ダイヤモンド』 2017年3月11号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1173
2月28日夜、ドナルド・トランプ米大統領が、上下両院合同会議で施政方針演説を行った。「アメリカ人は世代を継ぎ一貫して、今日に至るまで真実、自由、正義の松明を掲げてきた。松明はいま我々の手にある。我々は松明で世界を照らす。ここに私は団結と力強さを発信する。それは私の心奥からのメッセージだ」。
このように演説を始めた大統領は、「君自身を信じろ」「君の未来を信じろ」「そして、もう一度、アメリカを信じろ」と、締め括った。
CNNの調査では78%の人々が演説を好感し、ニューヨーク株式市場は史上初の2万1000ドルの大台を突破した。トランプ氏につき物ともいえる汚い攻撃的な表現が控えられた演説に、世界は一安心したかのようだ。
それでも、トランプ氏をどう読み解くか、不安感がつきまとう。そんなとき、「ワシントン・ポスト」(WP)紙が記者20人を投入し、3カ月の集中取材で出版した『トランプ』(文藝春秋)が多少参考になる。ただWP紙はトランプ氏に非常に批判的、時には敵対的である。約540ページの同書は、そのことを念頭に読むのがよい。
まず、トランプ氏の売り物である経営能力だ。4回の破産は広く知られているが、氏はその度に生き残った。債権者が「トランプは殺すより生かしておいた方がよい」と判断したからだが、明らかに人の心をとらえる力を氏は備えているのだ。人々を魅きつける力の源泉は何か。WPの記者らが書いている。「おおかた人の想像をはるかに超えるはったりの能力」だと。
トランプ氏はマスコミについて次のように語る。
「センセーショナルな話ほど」歓迎される、「(俺は)良いことも書かれるし、悪いことも書かれる」、だが「ビジネスには大いに役立つ」「宣伝の最後の仕上げははったりだ」「人は、これ以上大きく、豪華で、素晴らしいものはないと思いたい」存在だ、と。
こう考えるからこそ、トランプ氏は取材申し込みに「通常、数分とはいわずとも数時間以内に自ら連絡を返し、インタビューに応じ」、どの記者も戸惑う「はったり」を語るのだ。
氏はいまだに自身が本当に大富豪であることを証明していない。1978年と79年は所得税を払っていない。後年、「全米年間長者番付」を発表する「フォーブス」誌に、トランプ氏が170億ドル(1ドル100円換算で1兆7000億円)の自己評価をしたとき、同誌は「実際は5億ドル」と書いた。トランプ氏は同年に出版した著書『頂点で生き残る』(未訳)でフォーブス氏の性的嗜好を暴露し復讐した。
トランプ氏は常に勝ちを目指す。訴訟を含めて手段は問わない。過去30年間でトランプ氏と氏の会社は1900件余りの訴訟を起こし、1450件の訴訟を起こされた。氏は訴訟を起こす理由を「(相手に)時間と、エネルギーと、金をたくさん使わせて」やれるからだと語っている。
氏はしかし、豹変する能力も備えている。一介の不動産業者から政治家へと氏を押し上げたNBCの番組「アプレンティス」(見習生)のプロデューサーが語っている。トランプ氏は「権力欲とわずかな謙虚さ、自虐的ユーモア、他者の意見を聞き入れる柔軟さを絶妙のバランスで混ぜ合わせたキャラクターだ」と。
いつも視聴率を気にし、どうしたら支持を受けるか、絶えず研究していたという。同番組を14年務め、その名を全米に知らしめることに成功し、氏はついに大統領になった。
初の施政方針演説ではトランプ氏は政策助言者の書いた原稿を読み、78%の好感度を得た。「アプレンティス」におけるのと同様、大統領としての氏は周囲の意見を聞き入れ続けるだろうか。この問いへの答えはまだ見つからない。