「 日本もチベット支援の先頭に立て 」
『週刊新潮』 2017年3月2日号
日本ルネッサンス 第743回
先週、チベット亡命政府の首相、ロブサン・センゲ氏に会い、話を聞く機会に恵まれた。
センゲ首相は現在、政権2期目。2月14日には夫人のケーサン・ヤンドゥン氏と10歳のメンダ・レワさんと共に衆議院議員会館の講堂で「チベットと宗教の自由」の演題で45分間語った。中国という、世界で最も厄介な国に祖国を奪われ、圧迫され続けているチベット人にとって、宗教の自由とは中国の圧迫とどう向き合うかという命題そのものである。
センゲ首相を招いたのは、昨年12月に発足した超党派の「日本チベット国会議員連盟」(以下議連)である。会長は自民党の下村博文氏、会長代行は民進党の渡辺周氏、幹事長が日本維新の会の馬場伸幸氏、事務局長は自民党の長尾敬氏である。議連には、自民、民進、維新、日本のこころから86名が登録している。
国会施設内でセンゲ首相が講演するのは民主党政権下の約5年前に続いて2度目である。今回も首相のメッセージは明快だった。中国による弾圧の実態を説明し、中国の蛮行に対して自由と人権を重視するまともな国々、とりわけ、日本のように歴史も深く、力のある国にどのように振る舞ってほしいかを、きちんと正面から訴えた立派な演説だった。
長尾氏は、「チベットと宗教の自由」という題を選んだときから、センゲ首相の発言内容を議連は予測できていたと語ったが、その意味で、議連も立派である。
センゲ首相は、まず、チベットに関するアメリカの政策について語り始めた。
「アメリカ政府は1991年以来チベットを公式に支援してきました。ホワイトハウスにダライ・ラマ法王猊下を招き、ひとつの中国政策を尊重する一方で、チベットの中道政策も高く評価してきました」
寺院の98%を破壊
アメリカは歴代の大統領が必ず、ダライ・ラマ法王をホワイトハウスに招いてきた。オバマ大統領が、中国訪問を前にして法王との会談を避けたときには、大統領への手厳しい批判が各メディアで展開された程だ。アメリカはまた、予算の中に公然とチベット支援の項目を立て、種々の名目で1000万ドル(約11億円)を確保している。
ちなみにアメリカが賞賛するチベットの中道政策とは、チベットは自らを中国の一部と認め、外交や安全保障などを中国政府に任せる一方、チベット人がチベット仏教を守り、言語、文化、暮らし方など、チベット人らしく生きる権利を認めるべきだというものだ。
「私たちは真に高度な自治を求めています。アメリカと日本は手を携えて国際情勢に働きかける関係にあります。アメリカ政府同様、日本政府もひとつの中国政策の尊重と、チベットの中道政策支援を両立させ得ます。私はそれを望んでいます」
センゲ首相は、率直に日本の選良に語りかけた。日本は自由主義陣営の大国である。言論、宗教の自由、人権と民主主義の尊重で主導的役割を担ってほしいと。
首相は、チベットの歴史に、中国が落とした影を語った。
「チベットは帝国でした。中央アジア、南アジアにまで広がる大きな領土を支配しました。しかし、中国に占領され、抑圧され、経済的搾取、社会的差別、環境破壊に直面しています。文化的にも同化させられつつあります」
首相は、チベット人が非常に大切にしているラルンガル僧院の例を語った。
「中国は2016年9月以降、ラルンガル僧院の破壊に取りかかりました。同僧院では1万2000人の僧侶と尼僧が暮らし、修行していましたが、中国政府は彼らを5000人に減らすべく、追放中です。治安部隊を送り込み住居や建物の破壊を進めています。破壊活動は今年9月まで続行と発表されています。中国は憲法で信教の自由を謳っていますが、憲法に違反してチベット仏教を破壊しているのはラルンガルの事例からも明らかです」
センゲ首相の指摘どおり、中華人民共和国憲法はすばらしい内容だ。少数民族の文化、宗教、言語の尊重は無論のこと、環境保護の条文さえ入っている。文言上は日本国憲法よりはるかに進んだ内容だが、中国政府の政策は憲法の理想とはおよそ全ての面で正反対だ。首相が語る。
「ダライ・ラマ法王は日本を訪問することもできます。日本では幾度も、国会施設に招かれ講演する機会をいただきました。一方、チベット本土(中国のチベット自治区)では、法王の写真を所持しているだけで逮捕・投獄されかねないのです」
チベット弾圧政策は中国にとって何ら新しいことではない。「1959年のチベット占領から62年までに、中国人はチベット寺院の98%を破壊し、99・9%の僧侶、尼僧を追放しました」と首相は語る。
チベットと共に走る
「弾圧は宗教だけにとどまりません。中国はチベットの文化、習慣も、伝統的な衣服の着用さえも禁止し、毛沢東らの着る詰め襟服の着用をチベット人に命じました。人が生きていく上で関わりのある全ての分野でチベット人らしさを削ぎ取ることを繰り返して、彼らは70年代までにチベット文明を完全に破壊したと考えました。幸いなことにダライ・ラマ法王の考えの下、チベット人は亡命先のインドで、レンガをひとつひとつ、石をひとつひとつ積み上げるように、チベット文化の再建を進めました。3大僧院も亡命先のダラムサラで再建できました」
中国共産党の弾圧にも拘わらず、チベット人が忍耐強くチベット仏教を主軸とする価値観の再建に取り組んでこられたのは、第1にダライ・ラマ法王の存在がある。第2にセンゲ首相のように優秀な人材が法王の下に集い、心をひとつにしていることがある。第3にインドやアメリカのように、中国の意向に影響されずチベットを支え続ける国々が存在している。日本はその支援国の仲間にもっと本格的に加わり、積極的にチベットを助けていくのがよい。
センゲ首相は、高齢を迎えたダライ・ラマ法王の次のダライ・ラマを、中国共産党が指名しようとしていることについての懸念も表明した。無神論の中国共産党がチベット仏教の最高位の法王を指名するなど、噴飯物である。だが、中国はそこを制すればチベット人の背骨を砕き尽くすことができると信じているのだ。
チベット人がチベット人らしく生き続けることのできる世界構築に向けて、他国に劣らぬ規模の政治的支援として日本は議連を立ち上げた。力強い支援の先に、チベット独立を望める程の可能性をも描き、そこまで共に走り、支え続けることができれば、日本の力で世界はどれ程よくなることかと、私は思う。