「 テレビ討論会でクリントン有利が決定的に アジア各国を籠絡する中国に対抗できるか 」
『週刊ダイヤモンド』 2016年10月22日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1154
日本時間の10月10日午前、米国大統領選挙戦2回目のヒラリー・クリントン氏vsドナルド・トランプ氏の討論会には気がめいった。
「うそつき」「下品でわいせつ」「愚か者」「不作法者」「無資格者」等、考えつく限りの罵詈雑言を互いに投げ付け合った90分間だった。これが世界の超大国のリーダーたらんとする人物同士の討論かしらと、視聴したおよそ全員が思ったはずだ。
だが、それが世界政治の冷酷な現実である。明白になったのは、2回目の討論でも1回目同様、国際政治や外交、安全保障に関する議論は二の次だったこと、またクリントン氏がさらに優勢になったことである。
米「ウォールストリート・ジャーナル」紙は社説でこう述べた。
「トランプ氏は(わいせつな表現で既婚女性に迫る様子を語った)テープが暴露される以前に、すでに支持率を落としつつあった。このまま下落が続けば、共和党員の良心と共和党の政治的生き残りのために、トランプ氏を見限っても無責任だと非難はできない」
さらに、大統領選挙と同時に行われる上下両院議員選挙で過半数を維持するには「クリントン阻止」で団結し全力を尽くせと檄を飛ばしている。「ヒラリーの国内政治目標はいずれもオバマ大統領のそれらよりも左翼的で、ナンシー・ペロシが(もし下院議長になれば)それらの法案を可決するだろう」と書いて、米国社会がリベラル方向に振れることを警告している。
10月8日号の当欄で書いたように、トランプ氏が大統領になった場合、世界は大混乱に陥ると思うが、かといって、クリントン氏なら安心かといえば、全くそうではない。彼女主導の政治に私は少なからぬ不安を覚えている。現状を見ると不安はいや応なしに高まる。なぜなら、オバマ大統領が重い腰を上げて築き始めたアジア・太平洋地域の「団結」が中国に崩され、米国の力がさらに弱まっているからである。
今年2月15日、オバマ政権は初めての米・ASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議を米カリフォルニア州で開いた。曲がりなりにもASEAN10カ国全てが参加し、南シナ海での中国の蛮行を念頭に「航行の自由」と「域内活動の非軍事化と自制を促す」ことを、共同文書で確認した。中国の強い影響下にあるカンボジアまで署名したことは、オバマ政権の成果である。
しかし、そうした成果を中国は覆してきた。9月7日にラオスの首都ビエンチャンで開催された日本・ASEAN首脳会議では、安倍晋三首相が南シナ海問題に関するオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所の判定を尊重すべきだなどと発言し、ASEAN首脳は支持の意向を示した。
だが、翌日の日・米・中・ASEAN首脳会議ではASEAN諸国が中国に説得され、議長声明から仲裁裁判所の判定に関しての言及がスッポリ抜け落ちた。議長国のラオスやカンボジアの姿勢がぐらついているのだ。
加えてフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領の中国への急接近である。合理的な範疇を超えたフィリピンの反米親中路線は南シナ海問題にとどまらず、アジアの海における米中関係の行方に大きな影響を与える。
こうした中で米国の新大統領、恐らくはクリントン氏が登場する。彼女がホワイトハウス入りするのは来年1月20日、それまでの約3カ月間、中国は全力で勢力を拡大するだろう。その状態が新大統領にとっての外交、安保のいわばスタート台となる。
その時点でクリントン氏が中国を押し返せるか。そんな難事に取り組むより、現実的に判断して中国と結び、日本は両国の谷間に追い込まれかねない。その可能性も念頭に、日本は準備を進めているはずだ。外交、安保、いずれも厳しい時代を私たちは迎えている。