「 安倍首相は関係前進に積極的だが分かりにくいプーチンの世界戦略 」
『週刊ダイヤモンド』 2016年9月24日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1150
安倍晋三首相のプーチン大統領に対する姿勢は突出して積極的である。9月2、3日、ウラジオストクにおける日露首脳会談と東方経済フォーラムで、首相は日露関係は「無限の可能性を秘め」ており、「ウラジーミル、あなたと一緒に、力の限り、日本とロシアの関係を前進させていく覚悟であります」と述べた。
北方領土返還が課題であるにしても、警鐘を鳴らす専門家は少なくない。客観的にはプーチン大統領側に北方領土を返還する兆しも、プーチン戦略も、よく見えてこないからである。
一方、中国の脅威の前では日露関係は非常に重要である。米国、日本、できれば韓国、オーストラリア、ニュージーランド、東南アジア諸国連合(ASEAN)、インドを結び、その先にロシアを加えて、中国の膨張に抑止を利かせる構図を考えれば明白だろう。
無論、ロシアの政治も経済も自由とは程遠いプーチン独裁体制の下にある。さらにロシアは対中関係を重層的に進めつつある。ASEAN各国も対中政策では相当の温度差がある。それでも日本が対露関係を強化すれば、紛れもなく対中カードの一枚となる。
ではプーチン大統領の世界戦略とは何か。示唆を与えてくれるのがマリン・カツサ氏著、草思社刊の『コールダー・ウォー』(『新冷戦』、渡辺惣樹氏訳)である。
本書を手に取ったとき、まず、著者のカツサ氏は「ベタベタのプーチン派」ではないかと感じた。プーチン政策のほぼ全てを褒めちぎっているからだ。その中には2014年に中国と結んだ30年間で4000億ドル(1ドル100円換算で実に40兆円)という天然ガス売却契約も入っている。同契約は中国が、困窮するロシアの足元を見てスムーズには進んでいないとみられているが、カツサ氏はこれも高く評価している。このように欠陥もあるが、それでも本書はプーチン大統領側の考え方を知るのに大いに役に立つ。
カツサ氏は、プーチン大統領の新冷戦においては、「戦いの武器はもはや戦闘機や戦車ではな」く、石油、天然ガス、ウラン、石炭などであり、それらを利用可能にするパイプライン、港湾施設などのインフラ整備であると、指摘する。
「平方マイル当たりの資源埋蔵量は世界一」のロシアは、あらゆる資源に関してロシアへの各国の依存度を高め、資源輸出によって生ずる富と力をロシアという国家の富と力に直結させることで新冷戦における勝者の立場に立ちたい、と考えている。
第1次、第2次世界大戦を経て、大英帝国に代わって米国が世界の覇者となったが、その力の源泉は石油とリンクしたドル支配体制を築いたからであり、プーチン大統領は資源の支配と自国通貨との関連付けの重要性を誰よりもよく理解しているというのだ。だから自国資源を最も効率よく支配するために国策会社として、ロスネフチ、ガスプロムなどの独占企業を誕生させた。
新冷戦での勝利、つまり資源貿易で安定して利益を確保し続けることは、世界の安定と平和が前提であり、厳しい損得勘定のできるプーチン大統領であればこそ、無謀な武力行使には踏み切らない、プーチン大統領はとりわけ慎重に国益を計算できる人物だと、カツサ氏は指摘する。
だが、プーチン大統領は政敵を力ずくで倒し、多くの言論人、ジャーナリストの殺害に見られるように、専制君主である。自らを支持する勢力には実に寛大だが、対立する相手には超法規的であり非情な手段を用いるのをちゅうちょしない。
本書は料理人だった祖父のことも含め、プーチン大統領の生い立ちについて興味深いエピソードも紹介する。日本にとっては分かりにくい人物であり国だが、本書はその暗い背景を少しばかり読み解かせてくれる。