「 日本よ、おまえもか 商人の道徳はどこに? 」
『週刊ダイヤモンド』 2013年11月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1010
10月初旬、伊勢神宮の式年遷宮に参列の機会を得たとき、名古屋で新幹線から近鉄線に乗り換えた。近鉄線の駅々のホームで目についたのが「赤福」の広告だった。
ホームのベンチというベンチの背もたれには大きく「赤福」と書かれており、学生やお年寄りがリラックスした様子で屈託なく座っている。それを見て、私は何年か前のあの事件を思い出していた。その地域に住んでいる人たちは駅のベンチの広告に日常的に触れているだけに、特段の思いはもはや抱かないかもしれない。だが、20年に1度の日本の大事な行事に参加しようと何年ぶりかで伊勢に足を延ばした関東在住の者としては、大書されている「赤福」の広告を見て、賞味期限偽装表記の事件を思い出さずにいられなかったのだ。
誤解のないように言えば、私自身は現在の賞味期限表示にはいささか疑問を感じている。賞味期限を過ぎていてもおいしく食べられる食品は、文字通り山ほどある。だから、私自身は自分の嗅覚、味覚で食品の期限を判断する。おそらく私の世代以上にはそういう人が多いと思う。賞味期限の表示だけを見て、期限が過ぎているといとも簡単に捨ててしまう人、乱暴な言い方かもしれないが、比較的若い世代の人たちのそうした判断を見ると、つい、家計は大変だな、もったいないと思ってしまう。だから、赤福事件が起きたとき、偽装表示をした赤福は確かに間違っていると思ったが、賞味期限表示のあり方を再検討したらどうかとも思ったのだった。
そしていま、食材偽装表示である。阪急阪神ホテルズの出崎弘前社長は、記者会見で今回のことは偽装ではない、誤表示だと主張したことで、自ら辞任の原因をつくった。氏の弁明が示していたのは、今回の件はたいしたことではないと考えている、経営者としては許されざる姿勢だったし、少なくともそう受け取られても仕方のない会見だったからだ。
裏を返せば芝エビをバナメイエビで代替するという習慣は、業界では広く行われているらしいということを、出崎氏の弁明は語っていたのである。案の定、この問題は急速に広がり、阪急阪神ホテルズから一流有名百貨店へと波及した。芝エビだけではなく、車海老は実はブラックタイガーだった。九条ネギは普通のネギであり、上質のステーキのはずが牛脂を注入した加工肉だった。
ここで私は、いまでも気分が悪くなる食品に関する体験を思い出す。北京に出張中、時折、朝食に食べたのがねじって揚げたパンだった。細長いねじりパンは実は私の好物の一つだったのだ。ところがあるとき、このねじりパンの生地に洗濯せっけんの粉が入れられていたことを地元紙がスクープ報道し、大騒ぎとなった。粉を入れるとねじりパンはふっくらと膨らみ、適度な白さになっていかにもおいしそうに見えるという理由らしかった。
中国では食品に気をつけようと思ってはいたが、まずまずのホテルでも決して安心できないと思わせられた事件だった。日本では、中国の恐ろしいまでの食品偽装や汚染が報じられており、まさかと思うような事例について、取材した記者の話を聞いた。およそ事実の通りであり、本当に中国の国民が気の毒だと思ったことだ。彼らはいや応なく日常生活の中で偽装、汚染食品を食べざるを得ないからだ。
そんな中国に比べて今回の日本での偽装表示は安い食材を高い食材だと偽るという構図だ。中国のように汚染食品を提供していたわけではないのであろう。従って同列に考えるべきものではないかもしれないが、日本の食材、食品への絶大な信頼を傷つけた。世界は、日本よ、おまえもかと思うだろう。折しも日本食を世界遺産にという動きがある。商人の道徳を取り戻すときだ。