「 好調安倍政権、課題は国防力と情報力 」
『週刊新潮』 2013年3月28日号
日本ルネッサンス 第551回
国民がどれだけ自主独立のまともな国を欲しているかが、安倍晋三首相への高い支持率に反映されている。
政府主催で3月11日に行われた東日本大震災2周年の追悼式典で、安倍自民党は国名を読み上げる指名献花の列に台湾を加えた。1000年に1度といわれるあの災害に襲われた日本に、国民総がかりでどの国よりも多大な援助をしてくれた台湾に感謝を伝えるのは、日本国民全員にとって、本当に当然のことだった。
だが、民主党政権は中国の思惑を気にする余り、大震災から1年後の追悼式典で台湾に指名献花を許さなかった。この非礼を国民の多くは我がこととして恥じた。日本国と日本人を恥ずべき不名誉な立場に置いた民主党政権に、どれほど多くの人が憤ったことか。そうした憤りと、この国は中国の気に入らないことは何ひとつ出来ないのではないかという憂いが、今年の式典で漸く晴れたのである。安倍政権への信頼が高まる強力な要素であろう。
中国政府は無論ひどく反発し、「追悼式で台湾の関係者を外交使節や国際機構と同等に扱った」、「日本のすべての行いに強烈な不満と抗議を表す」との談話を発表して、式典を急遽欠席した。これは予想の範囲内であるし、中国の独善にすぎる価値観に私たちが合わせる必要はないのである。
14日には安倍首相がスリランカのラジャパクサ大統領に「中国の海洋活動活発化は地域の共通の懸念事項だ。力を背景とした現状変更の試みには冷静かつ毅然と対応する」と発言した。
軍事戦略上、非常に大きな意味をもつハンバントータの港を中国の援助で整備してもらったスリランカの指導者に、中国の海洋侵出を地域に共通する懸念として説明し、日本は毅然と対処するとの発言には主権国家としての、地域全体を見た戦略が反映されている。中国はインド洋でインド包囲網を築きつつあり、その要の軍港のひとつがハンバントータなのである。
戦争に打ち勝てる強い軍
対して、習近平氏は17日、中国全国人民代表大会(全人代)の閉幕式で国家主席として初めての演説をした。そこには穏やかならざる表現が並んでいる。
習主席は、軍に対して「戦争に打ち勝てる強い軍にするとの目標に基づき、国家主権や安全、発展がもたらす利益を断固守り抜かねばならない」と語ったのである。
中国の歩みは「平和的発展」だという表現も忘れてはいないが、主席としての初演説で「戦争」という言葉を真っ正面から用いたことに、警戒心を抱かざるを得ない。中国共産党自体がどれほど追い詰められているか、その反動としてどれほど強硬な政策に走り得るかということが、習氏が演説にちりばめた語彙からも見えてくる。「中国の夢」、「愛国主義」、「民族精神」、「興国の魂」、「強国の気魄」、「中国の道」など、ナショナリズムを鼓舞する言葉が繰り返し使われている。そうした言葉を「戦争に打ち勝てる強い軍」と重ね合わせると、対外強硬策、とりわけ尖閣諸島と東シナ海問題を抱える日本に対する強硬策が想像される。
すでに中国国家測量地理情報局は3月8日、尖閣諸島の測量を行うとの意図を明らかにしている。中国の国家公務員がわが国領土に上陸して測量を行う。即ち、公然たる主権侵害を予告したととってよいだろう。
こうした強硬策を可能にするために、中国は軍事費の大幅増にとどまらず、海洋戦力の強化に努めてきた。たとえば中国国家海洋局は2020年までに監視船を、11年の280隻から560隻に、海洋監視隊を9000人から1万6000人体制にほぼ倍増中である。
対して安倍政権は日米関係の緊密化を以て、対策の第一歩とした。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への交渉参加表明がその一例である。TPP担当相となった甘利明氏は17日、TPPについて、「アジア太平洋から東アジアに向けての安定化要因になっていく。安全保障の役割も果たし、東アジアの不安定要因を取り除く新しいルールづくりになる」と述べた。
TPPが経済を超えて、民主的な国々の共通ルールの枠組みとなり、中国に対して抑止力を発揮していくのは明らかである。日米両国だけで世界のGDPの約3割を占める。TPP参加国すべてを合わせれば約4割を占める経済圏が安全保障上、非常に大きな力を保有するに至るのは当然である。そのことを国民が感じとっているからこそ、たとえば「読売新聞」の調査で、TPP交渉参加表明を60%の人々が支持し、安倍内閣への支持率は72%に上昇した。経済成長戦略のみならず、対中国戦略としてのTPPが支持されていると考えてよいだろう。
日米安保条約の緊密化は中国を念頭におけば必須である。インド及びアジア太平洋諸国との、海上保安庁、海上自衛隊を通しての協力関係の構築に象徴される国防体制の形成も同様だ。しかし、日本にとって肝心なのは、何よりも自主独立の精神を形にしてみせることである。
情報機関の喪失
日本が戦後失った国家機能に、国防力がある。まず、国軍の再生を目指し、国防能力を強化することが求められる。集団的自衛権の行使に踏み込むことは、一歩前進ではあるが、しかし、自衛隊を警察官職務執行法で縛ったまま、集団的自衛権に踏み込むことは、現場での行動基準を今よりさらに複雑化することになる。いわゆるポジティブリストを新たに増やす結果になるのだ。ルールの複雑化を避けるためにも、自衛権を個別的と集団的とに分ける、日本の特異な国防の壁も打破すべきだ。憲法改正を具体的に論ずることが求められる。
もうひとつ、戦後の日本が失った機能が情報力、情報機関である。情報機関というと、おどろおどろしいイメージを描く人は少なくないだろう。しかし、まともな国はどれも皆、情報機関をもち、日々、情報力を高める努力をしている。横田めぐみさんや増元るみ子さんはなぜ拉致されたのかを考えれば、情報機関を喪失したことによって日本国民が受けている被害の深刻さがわかるはずだ。北朝鮮の工作員の動向さえ把握していれば、拉致事件があれほど立て続けに発生することはなかったと思えるからだ。
拉致に限らず、日本の運命を決する情報戦に敗れるわけにはいかないのだ。情報機関の再生は容易ではないが、兎も角もその一歩を踏み出し、月日がかかっても情報に秀でた国作りを目指さなければならない。国民が安倍政権に求めているのは、このような国家として当然の基盤を備えた普通の民主主義国に日本を仕立て上げていくことである。