「 世界中の『指導者交代ラッシュ』で『日本』の正念場 」
『週刊新潮』 2012年1月19日号
日本ルネッサンス・拡大版 第493回
国際政治はいつの時代も首脳の資質に左右される。1981年に誕生した米国のレーガン大統領は、79年に政権を奪取した英国保守党のサッチャー首相、さらには82年に首相となった中曽根康弘氏らと社会主義体制のソ連邦と対峙した。
自由と民主主義陣営が冷戦に勝利して、ユーラシア大陸のアジアには5つの一党支配の社会主義・共産主義国が残った。中国、北朝鮮、ベトナム、ミャンマー、ラオスである。
冷戦終結から約20年、私たちは再び、国際政治の大変革の時期を迎えている。現在は、5つの国々の内、今に至るまで他国に脅威をもたらし続ける一党独裁の2つの国、中国と北朝鮮との闘いが激しさを増している。それは歴史の前進か後退かを巡るせめぎ合いだとも言える。自由を尊重し、法治と民主を基盤にした透明な国家運営を推進するのか、一党独裁と軍事力で国民の声を圧し一握りの権力者を主軸に国家を運営するのかを決する闘いでもある。
闘いの主役は諸国の首脳だが、アジア、太平洋、ヨーロッパの主要国首脳は今年、軒並み交代する可能性がある。
北朝鮮にはすでに三代世襲の金正恩新指導部が誕生した。その影響は、後述するように米中の対立を深め、最悪の場合、軍事衝突につながりかねない。日米韓対中国という対立の構図はすでに明確になりつつあり、日本政府は最悪の場合も想定して、覚悟と準備を整える局面だ。
台湾では、今週末の1月14日、総統選挙が行われる。中国寄りの国民党・馬英九氏の再選か、台湾の現状維持を目指す民進党の蔡英文氏の勝利か。結果は中国の台湾併合と、南シナ海、東シナ海、インド洋への進出をさらに促すか阻むかを決する要因となるもので、極めて重大である。結果次第では、日本、ASEAN、米印豪諸国は中国と先鋭的に対立する構図に追い込まれる。
3月4日はロシアの大統領選挙だ。プーチン首相の強権政治に国民は強い批判を表明しているが、プーチン氏の大統領への返り咲きは現時点では堅いと見られている。
だが、プーチン氏のロシアにも、2010年末にチュニジアで始まり、エジプト、リビアなどの独裁政権に崩壊をもたらした中東のジャスミン革命の波が達している。ロシアや中国にとって、この民主化運動ほど恐怖の種はないはずだ。恐れる余り、彼らは国内だけでなく、対外政策においても弾圧と強硬策に走る。彼らの弱点こそ日本の強みであることを忘れてはならない。
4月11日は韓国の総選挙だ。昨年10月のソウル市長選挙では骨の髄からの左翼といわれる朴元淳氏が勝利し、韓国における左派勢力の浸透振りを見せつけた。4月の総選挙、12月の大統領選挙での与党ハンナラ党の敗北と左翼の野党の勝利が予測されるゆえんである。
4月以降、フランスの大統領選挙、EUの債務危機の震源地となったギリシャの総選挙も予想される。
10月には中国の指導者が胡錦濤氏から習近平氏に代わり、11月6日には米国の、12月には前述のように韓国の、大統領選挙が続く。
その間にわが国の総選挙はいつ行われてもおかしくはなく、今年末の首相が野田佳彦氏か否かさえ、予測出来ない。
こうしてみると、指導者交代で、結果を見通すことが出来るのは中国とロシアのみ、北朝鮮の世襲政権を加えると、一党独裁、もしくはそれに近い体制の国々である。
日本、米国、韓国、欧州、台湾という民主主義と自由を旨とする国々においては、国民が自由であるが故に、予測は難しい。また、後述する米国の事例のように、安全保障上の危険が明らかでも、財政規律が優先されるなど、政策も思い通りにいかない場合が多い。
経験不足の金正恩
予測も難しく、手続きに時間がかかるにしても、民主主義を選んだ国々が直面する最大の脅威は、一党独裁で覇権主義の中国である。南シナ海、東シナ海、インド洋ではすでに中国の異常な軍拡が深刻な摩擦を引き起こしている。昨年12月の金正日の死去と正恩体制の誕生は、この軋轢を、軍事衝突を含む米中対立へと先鋭化させる危険性を含んでいる。最悪のシナリオは先に指摘した日米韓対中国の衝突だ。経験不足の金正恩指導部の拙劣な外交が、直接の引き金にもなり得る。
金正恩後継体制の下で朝鮮労働党機関紙の労働新聞などが1月1日に掲げた新年共同社説はこう明記した。
「偉大な金正日同志の遺訓と政策を寸分の狂い、一歩の譲歩もなく無条件であくまで貫徹し、その道では絶対に変化はあり得ないというのがわが党の確たる意志である」
従来路線をこのうえなく頑迷に守り抜くという決意は、とりわけ中国に向けられたと見るべきだ。中国が求める開放路線も核放棄も、絶対にない、北朝鮮を変えようとは考えるなと、警告しているのである。
金正日の中国嫌いには定評があったが、それをストレートに実践しようとしたのが、12月30日、金正恩が全国民向けに発令した外貨使用禁止令であろう。この場合の外貨は、ドルでも円でもなく人民元に他ならず、強い中国排除の思考を反映させた指示である。だが、それでも北朝鮮は中国に頼らざるを得ない。
2010年の中朝貿易は09年比で約30%増えて34・6億ドル、対ロシアの1億ドル強とは比較にならない。北朝鮮の食糧や日用雑貨は8割が中国製品だ。人民元の使用禁止後の方策は全く見えない。
北朝鮮の外貨稼ぎの柱のひとつ、武器輸出も中国の黙認なしには不可能だ。国連安全保障理事会の北朝鮮の武器密輸に関する10年から11年の年次報告は、摘発された10件中4件が中国経由の密輸だったと明記した。
それ以前の09年9月、シリアに向けた化学兵器開発用の試薬と14,000着の化学防護服を積んだ貨物船、同年11月、コンゴ共和国向けの戦車用部品を満載したコンテナ、さらに同年中、イラン向けのロケット弾用の信管約12万点と弾頭約11,000点を積んだコンテナは、いずれも大連または上海経由で出航したことが判明している。
中国は北朝鮮による武器装備及び化学兵器の拡散を黙認することで、金政権の経済基盤を事実上支えてきた。中国の黙認なしには、北朝鮮は米露に次ぐ世界第3の化学兵器大国にもなり得ず、外貨の多くも稼げなかったといえる。そこまですでに北朝鮮は中国に搦めとられているのである。
政権の世襲に反対であるにも拘わらず、中国が正恩氏への世襲を認めた理由はただひとつ、北朝鮮を着実に中国の影響下に置き、朝鮮半島全体を自身の勢力圏とすることだ。
中国に搦めとられるのを避けるために、金正恩新指導部が昨12月28日、金正日総書記の告別式のころに、米国に食糧支援を要請していたことが判明した。
金正日総書記の遺訓として、核の放棄はあり得ないと明言し、正日総書記の死去に弔意を示さなかった日本を「わが人民と軍隊は決して許さない」と非難し、韓国政府は「永遠に相手にしない」と罵詈雑言を浴びせ、脱北を試みる者は射殺せよと命じる新指導部の要請を米国が拒んだのは当然であろう。経験不足で強硬路線の正恩体制の早期破綻が予測されるゆえんだ。
朝鮮半島情勢が根本から揺らぎ、米中両国を巻き込む大戦略のせめぎ合いが眼前で進み始めたいま、日本こそ、命運をかけて自国の未来を切り拓くことに叡智を結集すべきときなのだ。
中国の海
いまこそ、朝鮮半島を韓国の下で自由統一に導き、中国の介入で新たな異形の独裁政権が誕生する事態を防ぐべく、日本が発言し、行動しなければならない。朝鮮半島の南北分断の歴史をここで打ち止めにし、統一は、南北両国民のためにも、韓国による自由統一でなければならないというのが、日米韓が共有すべき目標である。韓国主導で隣国の危機を乗り切ることを支援出来れば、日韓、日朝の過去の歴史の負の側面はあらかた消えるだろう。日本が過去の歴史を真の意味で乗り越え、新たな関係を築く局面なのである。日本政府はいち早く、韓国の自由統一と中国の介入の阻止を日本国の方針として発表すべきである。
当然、中国の思惑は全く異なる。中国、韓国を訪れて1月6日に来日した米国のキャンベル国務次官補は、中国政府が正恩体制についての情報共有を断ったと語った。中国は北朝鮮と1961年以来、50年間にわたって軍事協定を結んでいる特別な関係にある。それだけに、他のどの国よりも北朝鮮に介入する資格があると、これまでにも示唆してきたことを考えれば、中国が日米韓と連携することはないと考えておくべきであろう。
経験不足の正恩氏の中国排除の方針が早晩行き詰まることを、中国は他国同様、見通しており、介入の機会を見定めようとしているのだ。
こうした動きを察知しているからこそ、正恩氏は2010年朝鮮人民軍に内務軍を設け、秘密警察である国家安全保衛部や、一般の警察を管轄する人民保安部などへの捜査、取り締まり権限を与えた。求心力を高めるべく、恐怖政治の恐怖度をさらに上げたのである。
それでも正恩体制の支配は崩れるだろう。中国はその北朝鮮を経済、軍事両面において囲い込むことによって、米韓の影響を排除し、事実上の支配体制を敷こうとするだろう。それは20世紀初頭まで続いた中国と朝鮮半島の関係である冊封体制に、北朝鮮を事実上引き戻すことであり、まさに歴史に逆行する。
中国の在り方自体が歴史の逆行そのものである限り、中国は対北朝鮮政策の先に韓国への影響力の強化と支配権の確立を、当然、目論むと考えるべきだ。
すでに中国は北朝鮮の日本海側の最北の港、羅津港に60年間の租借権を得ており、青島を拠点とする北海艦隊は対馬海峡を通ってこの羅津港に出入り出来る。羅津を出る中国の艦船の眼前には佐渡島と新潟がある。佐渡島にも新潟市にも、中国は広大な土地を求めようとするなど、拠点作りに熱心である。
羅津港を出た中国艦船は、或いはそのまま、津軽海峡を横切り、北上して、北極海に向かう。北極海海域で、中国はアイスランドに広大な土地を求める動きを見せた。中国が食指を動かした土地の面積が余りにも広く、アイスランド政府が介入して白紙に戻したが、中国の野望は明らかだった。
こうした動きにようやく米国が反応し始めた。国防総省が北極海の安全保障に関する報告書を発表し、カナダとの防衛協力を拡大させつつ、北極海での米軍の作戦行動に必要な装備の在り方などを2012年中に検討し、14年までに行動計画を策定する旨、発表した。
つまり、中国はあらゆる海域に国際社会の予想を超えるスピードとスケールで進出しつつあるのだ。そうした中で、中国の東シナ海及び日本海への顕著な進出は、北朝鮮に出現した新しい事態とも相まって、韓国包囲の態勢を作りつつある。同時に日本海が日本人の予想以上に中国の海と化しつつある。
日本の側に大義
日本をはじめ、台湾も韓国も、南シナ海問題を抱えるASEAN諸国、さらにはインド、豪州も、米国の軍事力に依拠する現実から目を逸らすことは出来ない。
オバマ大統領は1月5日、新国防戦略を発表し、「二正面戦略」を放棄し、アジア・太平洋を重視するとの立場を明確にした。これは2011年以来、「米国は太平洋国家」であると高らかに宣言し続けてきた米国の決意を示すもので、アジア諸国にとって大いなる安心材料であるなどと、さまざまな解釈がなされている。けれど、実態をよく見ると、米国依存の安全保障が容易ならざる問題に直面していることは明らかだ。
1月6日の「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙は、社説で、米国政府は昨年、2021年までの10年間で4,500億ドル(約36兆円)の国防費削減を決定したが、それ以前に3,500億ドル(約28兆円)分の武器装備用の予算を削減した。加えて、議会で財政赤字削減についての合意が得られなければ、軍事費はさらに5,000億ドル(約40兆円)削減される状況にある。これで米国の安保政策は維持出来るのかと厳しく警告した。
一連の決定で、米国の軍事費はGDP比で去年の4・5%から10年後の21年には2・7%に低下し、1940年の水準に戻るというのだ。
軍事費の大幅な削減を削減と言わずに戦略的転換と言いかえるのは、単なる言い訳にすぎないということであろう。
スリムになっても、米国は軍事的に素早く、効果的に展開するとオバマ大統領は強調した。米軍が予算削減後も機動的かつ効果的に展開出来る状況は、日本をはじめとする同盟国の協力なしには困難な時代が着実にやってくるということだ。
如何に軍事力を削減しても、米国の安全保障が脅かされることはないが、米国に依存する国々、とりわけ、日本の安全保障への負の影響は死活的である。その意味で日本は、戦後初めて、自らの力で自らを守らなければならない局面に立たされている。そのためにあらゆる意味で軍事力の強化を急がなければならない。日本の闘いは一党独裁の強圧国家との闘いであり、21世紀の普遍的価値観は日本の側に大義のあることを示している。いまこそ、戦後日本の在り方を根本から変え、21世紀の国際社会に貢献するときだ。