「 日韓両国の民主党は似た者同士 」
『週刊新潮』 2011年9月8日号
日本ルネッサンス 第475回
8月24日、ソウル市で韓国政治の展望を占う住民投票が行われた。直接の争点は学校給食無償化の是非だった。形は「福祉ポピュリズムに迎合するか否か」を問うものだったが、それは実際には韓国政治における左右両翼勢力の戦いだった。北朝鮮の対南工作の浸透度を測るものだったと言い替えてもよいだろう。
住民投票は、全面無償化を掲げた野党民主党が勝利し、ハンナラ党のエースの一人で、来年の大統領選挙の候補者とも見られていた呉世勲(オ・セフン)市長が敗れた。
民主党は北朝鮮の影響を強く受けている革新政党である。一方のハンナラ党は李明博大統領の政権政党だが、保守政党として評価する声よりも、革新勢力に乗っ取られそうな「隠れ革新政党」として批判する声が強い。今回、大衆に迎合することなく、果敢に正論を展開した呉市長への支援が言葉だけに終わったことで、同党への失望は高まっている。
給食無償化問題は昨年6月の統一地方選挙で、民主党がソウル市議会の70%強を占めた時点から始まる。同党は巨大な福祉国家の創設を見据え、今年6月の党議員総会では医療費の無償化も党の基本政策とし、大学授業料の半減も実現する予定だ。財源は高所得者への増税と、税金のムダ使いをなくすことによって捻り出すと主張する。
先の給食完全無償化は福祉国家への第一歩として、ソウル市議会に民主党が提案した。圧倒的多数の民主党は同案を可決した。呉市長はこれを行きすぎたポピュリズムとして拒否、厳しい市の財政を考えれば更なる財政悪化につながる負担は出来ない、とりわけ北朝鮮有事に備えてあらゆる準備が必要ないま、給食無償化の優先度は低いと考え、議会に差し戻した。それを市議会は3分の2以上の賛成で再可決したのだ。市長が自らの信念で市政を行うとすれば、残された手段は住民投票だった。桜美林大学客員教授の洪辭秩iホン・ヒョン)氏が語る。
古典的な投票妨害行動
「ソウルの小学校では給食費はすでに50%が政府負担です。これを小、中のすべてで、100%政府負担にせよというのが民主党です。市長は福祉を頭から否定したのではなく、段階的に行うと公約した。それでも民主党は今すぐ100%を主張した。市長が住民投票に訴えたのは、合理的な選択だったと思います」
民主党は福祉大増進の形をとりながら、実は韓国社会を根底から覆し、社会主義を目指そうとしているというのが保守派の大方の見方だ。もっと踏み込んでいえば、その先で韓国は自国の素晴らしさを見ることなく、「韓国は生まれてはならない国」だったという盧武鉉前大統領の言葉に象徴されるような自虐思想に陥り、北朝鮮のイデオロギーに搦めとられるというのだ。
たしかなことは、今回、民主党は給食無償化問題を来年の国会議員選挙及び大統領選挙の予備選ととらえて動いたことだ。絶対に負けてはならないものと位置づけ、導き出した戦術が投票ボイコットだった。
住民投票は有権者の3分の1以上が参加しなければ無効となり、開票もされない。住民に即時100%の無償化に賛成させて過半数の票を勝ち取るよりも、投票拒否を呼びかけ、住民投票自体を不成立に追い込む方が有利だと、彼らは考えた。元々、地方自治体の選挙の投票率は低い。そこを計算したうえでの戦術であろう。対して呉市長は、住民投票不成立なら、市長職を辞任すると言明して、背水の陣を敷いた。
民主党をはじめ革新陣営は、恰も住民投票が悪事であるかのようにキャンペーンした。日教組よりも左翼的といわれる全国教職員労働組合(全教組)が活発に動き、彼らの影響下にあるソウル市教育庁がメールで教師と父兄に投票ボイコットを呼びかけた。教育監の郭魯炫氏は投票日にぶつけて地方都市で校長会を開催し、古典的な投票妨害行動に出た。
洪氏が指摘した。
「こうした一連の投票拒否運動が大手を振って横行した一方で、市長支持の動きは公然と封じ込められたのです。韓国財界の崔鎮邇氈Eコオロギボイラー会長が福祉ポピュリズムの行き過ぎを許してはならないとして、住民投票に行って意思表示せよと勧めるメールを送ったことに、左派勢力は社員に対する圧力だといって騒ぎました。極めつきは市長に対する選挙管理委員会の姿勢でした」
全教組以下各種団体が住民投票拒否を呼びかける中、呉市長は自ら通勤時間帯に、車と通行人の双方に見えるように「8月24日は住民投票の日です」と大書したポスターを両手で高く掲げて、路上に立った。
「これを選管は法律違反だと決めつけました。投票を呼びかけることのどこが法律違反なのか。選管は市長にだけでなく、投票を呼びかける全ての団体、個人に警告を発しました。反対に、行くなというキャンペーンに対しては何の警告もありませんでした。ここまで司法が左傾化して、公正な判断を下せないのでは、韓国はもはや法治国家ではありません」
「民主党のバラ撒き政策」
結果、投票率は25・7%にとどまった。投票拒否を訴える大キャンペーンの中、投票所に足を運んだ人々の殆どが市長の考えを支持したと見られているが、開票されないために断定は出来ない。そして呉氏は宣言どおり、市長を辞職し、来年の大統領選挙にも出馬しないと強調した。
ソウル市はこれで所得制限なしに小、中の給食全面無償化を行うことになった。民主党の試算では給食の全面無償化には2兆ウォンが必要だ。医療費の無償化に8兆1,000億ウォン、大学授業料半減に6兆ウォン、計16兆ウォン(約1兆1,800億円)が要る。民主党が基本政策に定めた保育費の無償化に踏み切れば、財政負担はさらに増加する。韓国の2010年の実績では財政収支は黒字である。それでも大幅なバラ撒きで財政基盤は揺らぎかねないとして、洪氏はこれこそ朝鮮半島有事に備えての深謀遠慮だと警告する。
「金正日体制が揺らぐとき、韓国は全力で混乱の起きないように北韓の国民を守り、領土、領海を守り抜かなければなりません。南北統一に向けて多くの困難な施策を成功させるには、韓国自身があらゆる意味で強固な基盤を保っていなければならないのです。財政基盤も極めて重要な要素です。それを突き崩すのが民主党のバラ撒き政策です」
新市長は10月26日に選出される。最新の朝鮮日報とメディアリサーチの調査では、候補者支持率で上位4者が女性である。12・4%でトップを走るのが韓明淑氏だ。彼女は盧武鉉政権下で首相を務めた左翼政治家であり、現在、首相時代の巨額の収賄容疑が報道されている。
政治の展望が開けず、バラ撒き政策が横行する点で、日韓両国の民主党の相似は実に驚くべきものだ。