「 キリスト教徒の善意を変質させ存続してきた北朝鮮がいま狙う日本 」
『週刊ダイヤモンド』 2011年8月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 898
「北朝鮮内で尋常ではない事態が生じている」と金寛鎮・韓国国防相が7月20日、語った。同発言を受けて韓国国防省は「北朝鮮の内部統制が強い」ことを強調したものだと解説した。
「尋常ではない事態」「内部統制の強化」をひと言でいえば、崩壊に向かう北朝鮮が「決定的な段階に入った」ということであろう。
北朝鮮の金正日体制についてはこれまで幾度も「崩壊の危機」が指摘されてきた。にもかかわらず、金正日体制は現在も存続する。国家の体をなしていない北朝鮮が曲がりなりにも体制を維持できているのは、第一に、中国が支えているからだ。加えて、在外勢力も物心両面の援助を続けるからだ。桜美林大学客員教授の洪辭秩iホン・ヒョン)氏が語った。
「在米の韓国人キリスト教会が北朝鮮への大規模献金を行っています。中心的人物はデイビッド・ロス氏、呉大院という韓国名を持つ牧師です」
現在76歳のロス牧師は1961年、26歳のとき宣教師として韓国に渡った。やがて彼は「イエス伝道団」を創設し、熱心に布教活動に取り組んだ。ロス牧師は活動基盤を米国の「世界青年宣教会」(YWAM)に置き、実態として両者は一体なのだそうだ。韓国でロス牧師は政治活動に深くかかわり始めたが、北朝鮮寄りの姿勢ゆえに、全斗煥政権下の86年、韓国から追放されたこともある。洪氏が語る。
「彼は米国に戻ってからも熱心に北韓(北朝鮮)支援の活動を続けました。米国には韓国人のキリスト教会が約4,000もあり、それらの多くの教会が少なからぬ影響を受けています。その証拠に在米韓国人キリスト教会から様々なかたちで年間数千ドルから2億ドルに上る巨額の献金が金正日政権に渡っていると思われます」
98年の金大中政権樹立以来、盧武鉉時代も含めて、韓国のキリスト教会は人道支援の名目で対北援助を強化してきた。洪氏は、北朝鮮の対南工作は驚くほど深く韓国社会に浸透しているとして、約1ヵ月前の6月23日、ソウル市オンヌリ教会の集会で起きた驚くべきひとコマについて語った。
オンヌリ教会は韓国屈指の福音主義教会だ。同教会が女性伝道者たちのために「マリア行伝」の集会を主催し、ロス牧師が講話した。ロス牧師は「北韓の金正恩がイスラエルの歴史における『ヨシヤ王』になれるよう、祈りましょう」と語ったというのである。洪氏は、ヨシヤ王は、イスラエル人の神への信仰心を復興させたユダヤ国史上最も優れた王の一人と位置づけられ、旧約聖書にも登場すると解説し、次のように語った。
「金正日の息子をヨシヤ王にたとえるとは、キリスト教に対する許されざる罪です。にもかかわらず、オンヌリ教会の他の牧師も信者も、発言を問題視せず、批判もしません。それどころか、ロス牧師を宣教師のための他の集会にも招いて講話させています」
氏は7月12日、ロス牧師がシアトルで「余生は北韓で送りたい」と語ったと指摘し、このような人物が韓国社会に大きな影響を及ぼし、巨額の寄付の送金を続けることが許されるのは、北朝鮮の工作が韓国社会に浸透し北朝鮮による精神的統合が進んでいるからだと憤る。
北朝鮮の、生き残りをかけたこの種の仕掛けが、大半のキリスト教徒の善意を、金正日・正恩体制支持の力へと変質させてしまうのだ。
そして北朝鮮がいま、真に狙っているのは、キリスト教徒の善意の献金よりもはるかに大きな金額を出し得る日本である。90年の金丸信訪朝団のときも、2002年の小泉純一郎首相訪朝のときも、北朝鮮は兆円単位の資金を日本から得ようと、接近してきた。いま、菅直人首相に同様の接触が行われ、自らの生き残りしか考えない首相が乗せられようとしている。菅氏こそ、じつに亡国の首相である。