「 新たな危機、北朝鮮が核を小型化 」
『週刊新潮』 2011年6月30日号
日本ルネッサンス 第466回
「我々(北朝鮮)はすでに核兵器の小型化に成功し、小型化した核を多数保有している」
北朝鮮外務省の李根アメリカ局長が昨年秋に訪朝した米中央情報局(CIA)の元関係者にこう述べたと、6月15日付の「産経新聞」がソウル発で報じた。
ミサイルに積めるほど核を小さくしたというのだ。事実なら、日本及びアジア諸国、米国への北朝鮮の核の脅威は飛躍的に高まる。新たな、大きな不安要因でアジア情勢は大きく変化すると見なければならない。
北朝鮮は、核の運搬手段としてのミサイルも開発済みで、年来、ノドンミサイルをパキスタンをはじめとする第三国に秘密裡に輸出してきた。
たとえば1993年12月、北朝鮮はパキスタンにノドンミサイルを30億ドルで売り、これは現金で決済された。パキスタンは後にこのノドンを、ヒンズー教徒と戦ったイスラム戦士の名をとってガウリと命名した(ゴードン・コレーラ『核を売り捌いた男』ビジネス社)。
北朝鮮のミサイル売却先はパキスタンにとどまらない。2000年にはノドン50基をリビアのカダフィ大佐に6億ドル(約480億円)で売った。イラン、ベネズエラ、メキシコにも売った。北朝鮮は現金を得るためには、いまやおよそ、何でも売るだろう。
北朝鮮をはじめ、これらの国々が、或いはアルカイダなどの勢力が、ミサイル技術と小型核の双方を保有すればどうなるか。これこそ世界中が怖れるシナリオである。北朝鮮は本当に小型核の技術を手に入れたのだろうか。
韓国国防相の金寛鎮氏は、6月13日、国防委員会で、北朝鮮は核の小型化に成功したとの認識を述べた。根拠は、06年と09年に核実験を実施した北朝鮮には、そのときから今日まで、小型化技術を開発する十分な時間があったというものだ。
国際情勢の深い闇
金国防相は、「北朝鮮が修辞的脅威を通してわれわれに圧力を加えながら、さまざまな手段と方法で奇襲挑発する可能性が漸増している」「北朝鮮は東海(日本海)・西海(黄海)侵入勢力の海上侵入訓練を繰り返している」とも述べている。
北朝鮮の核に関する今年2月の韓国の世論調査によると、北朝鮮の核に対して韓国も核武装すべきだという回答が66・8%に達している。北朝鮮が核を小型化したとすれば、韓国世論はさらに厳しくなるだろう。民族と国家の生存に関わる危機について備えなければならないのは当然だと、「統一日報」論説委員の洪辭秩iホン・ヒョン)氏は語る。
「ところがいま、韓国の政界で議論されている選択肢は主として二つです。①韓国自身が外交交渉で対北抑止力を発揮する、②米国の戦術核を再度韓国のために備えてもらって抑止力とする、というものです。
①では埒が明かないことは目に見えています。国民の方がはるかに現実を見ているのであって、李明博大統領も政治家も韓国自身の核武装を考えなければならない局面なのです。
政治家や外交官が妥協の精神から②を選択することはあり得ないでしょう。韓米関係はいま、緊密ですが、韓米連合司令部は2015年に解体されます。米国は来月にもアフガニスタンから撤退を始めます。撤退、縮小傾向に入った米国に再度、韓国に戻ってもらい、韓国防衛の前線に立ってもらえるのか。米国の意思以前に、この道は独立国として考えるべき道ではないでしょう」
洪氏は、韓国の国防体制が脆弱になりつつあると指摘する。
「連合司令部の解体で、韓国は北朝鮮に基本的に自力で立ち向かう形になります。北朝鮮とその背後の中国に、自力で立ち向かうということです。北朝鮮を事実上の保護国にしつつある中国に備えるためにも、我が国はいますぐにでも強力な備えの構築に入らなければ、連合司令部解体後では間に合わないのです」
韓国には少なくともこうした危機感があり、来年の大統領選挙では安全保障問題が最大の争点となると見られている。他方、日本では、北朝鮮の通常核についても小型核についても、これを国防の危機ととらえる議論そのものが欠けている。いまこそ、北朝鮮が核小型化の技術をどのようにして手に入れたのかを考え、その背後にある国際情勢の深い闇を見なければならない。
北朝鮮が独自の努力で小型核を開発した可能性は一般論としてないわけではない。専門家は失敗だったと見るが、彼らは06年と09年に核実験を行ったのであり、核製造の先に小型化技術の開発が来るのは不合理ではないからだ。
「新悪の枢軸国家」
だが、もうひとつの、より高い可能性は、パキスタンの技術を手に入れたことだ。周知のようにパキスタンは中国の助けを得て、核を開発した。鄧小平が1982年にイスラム教圏と社会主義圏を中心に第三世界に核を拡散する方針を定めて、積極的に技術を拡散させたのだ。結果、いまやパキスタンは100発以上の核を保有し、英国を抜いて世界第5の核保有国になったと見られている。核兵器の小型化にも成功したと見られており、インド情報筋はその数を少なくとも50発と推測する。
パキスタンの小型化技術が北朝鮮に渡ったと断定する材料はないが、両国の年来の濃密な関係からその可能性は大いに考えられる。
先に暗殺されたパキスタンのベナジール・ブット氏は、首相時代、自らを「ミサイルの母」と呼び、北朝鮮との取引に積極的だった。パキスタンが北朝鮮のミサイルを最初に購入したのは、彼女が首相だったときだ。前述のように、その取引は現金で決済され、パキスタンのミサイル購入はその後も続いた。
97年から98年にかけて、ノドンミサイル12基が30億ドルで取引されたが、このときに、パキスタンのウラン濃縮技術が代金の代わりに北朝鮮 に渡ったとみられている(前掲書)。
両国はミサイル技術、ウラン濃縮技術など、国家の最重要の機密をやり取りしてきたわけだが、そこに小型核の技術が加わった可能性はあるだろう。
現実に北朝鮮はいま小型核で武装したと宣言する。これら一連の動きを、止める意思があれば十分に止める能力を持っているのが中国だ。中国は北朝鮮にもパキスタンにも、両国の運命を決するほどの経済援助、武器援助を行っているからだ。しかし、中国は止めなかった。とすれば、中国、北朝鮮、パキスタンこそ、「新悪の枢軸国家」と呼ばなければならない。
こうした状況を眼前にして、前述のように韓国には少なくとも危機感がある。安全保障の危機意識を欠落させているのが日本だ。これでは滅びるのではないかと、私は怖れている。