「 自由と民主主義の価値観を共有する台湾の運命は日本の運命と重なる 」
『週刊ダイヤモンド』 2011年6月25日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 892
台湾が国家として現状維持を貫けるのか、それとも中国の一部となるのかは、台湾のみならず、日本を含むアジア全体の運命にかかわってくる。6月初旬にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議でも、焦点の一つが台湾問題だった。
記者会見でのゲーツ国防長官に対する質問のほとんどが、強大化する中国の軍事的脅威に、とりわけ台湾有事の際に米国はどう対処しうるのかというものだった。アジア諸国に中国脅威論が充満していること、最も切実で緊急な課題が台湾の安全であることが浮き彫りになった会議だった。
そうしたなか、台湾では来年1月14日に行われる総統選挙に向けて、熾烈なせめぎ合いが進行中だ。国民党の馬英九総統が勝つのか、民進党の蔡英文代表が勝つのかによって、台湾の運命は決まる。両氏の違いはいわゆる「92年合意」を認めるか否かである。
92年合意とは、1992年に中台間で「中国は一つ」と合意したというものだ。当時の国民党政権と中国共産党との合意だそうだが、李登輝・元総統をはじめ台湾人がこれを否定する一方で、外省人と中国政府は、確かに合意したと主張するのだ。
今年5月11日にも国民党名誉主席の呉伯雄氏以下国民党代表団が中国の成都を訪れ、経済交流の深化、直行便の拡充などを話し合った際、「両岸の平和発展の土台は92年合意」にあると強調した。92年合意の心は、中台統合は当然だというものだ。
中国共産党が一度も足を踏み入れたことのない台湾がなぜ、中国と統合されなければならないのか、とうてい理解出来ないのだが、いわゆる92年合意の考え方は想像を超えて広く深く浸透していると思わせられたのが、6月6日、北京を訪れた台湾の退役将官約20人の言動だった。
許歴農・元総政治作戦部主任が率いる台湾軍の退役将官らが中台軍人交流座談会に出席、中国政府約300人の前で、以下の問題発言を行った。
「われわれ国軍(台湾軍)も共軍(中国共産党軍)も共に同じ中国軍だ」「歴史的な任務と使命である(中台)統一に向けて共に頑張ろう」
台湾側の発言に対して、中国側から現役軍人の羅援少将が応えた。
「中台が統一すれば、21世紀はわれわれ中国の世界だ」
ちなみに羅援少将は右の軍人交流座談会に先立って、シンガポールでのアジア安全保障会議に出席し、中国軍を代表して発言した人物である。台湾軍の代表の許歴農・元総政治作戦部主任は、肩書からもわかるように政治将校のトップである。政治将校は軍人の思想を取り締まる役割を担うもので、軍に対して圧倒的な支配力を持つ。
いかなる意味でも台湾の安全に全責任を持たなければならない軍が、現役を退いた元将校であるとはいえ、中国との統一、さらにいえば中国に吸収合併されることを「歴史的な任務と使命」と宣言したことの衝撃は大きい。にも拘わらず、馬総統は「困惑し、心を痛めている」と語ったのみだ。
本来の任務からはるかに逸脱した軍人らの言動は厳しく処罰すべきものだが、そうしなかったのは、「中国は一つ」という92年合意の虚構を馬総統自身が支持しているからである。
来年1月の馬総統vs蔡英文代表の一騎打ちは、したがって、中台統一か事実上の独立国としての現状維持かを決する戦いとなる。現状で五分五分の戦いに半年あまりで結論が出る。日本国民も日本政府も深い関心を持ちたいものだ。台湾は東日本大震災で世界一心のこもった支援をしてくれた、世界一の親日国家である。自由と民主主義の価値観を共有し、歴史観もきわめて近い。その台湾の運命は日本の運命と重なる。だからこそ、台湾が台湾人の望むかたちで存続出来るよう、日本は官民挙げて支援していくのがよい。