「 最悪の原発事故、情報公開の徹底を 」
『週刊新潮』 2011年4月21日号
日本ルネッサンス 第457回
枝野幸男官房長官は11日、福島第一原発から半径20キロの同心円内を一律に避難区域とするのでなく、地形、風向き、放射線量などを考慮して地域毎に避難指示を出すと発表した。
この方針転換によって飯舘村、南相馬市、浪江町、葛尾村、川俣町が新たに「計画的避難区域」に指定された。右の市町村は全面積、或いは一部が20キロ圏外だが、年間20ミリシーベルト以上の累積放射線量が予想されるとして、住民は1ヵ月を目処に避難することが求められる。
これまでの同心円で区切る方式から、風向きや地形に基づいて危険地域を特定する方式へと切り換えたことは合理的で、評価したい。だが、避難区域の指定がこれで十分かといえば疑問が残る。
私の手元に原発事故の影響を受けると思われる地域の放射線量を示した資料がある。資料作成者は2002年までの18年間、日米両国のGE原子力関連会社に勤務した佐藤暁(さとし)氏だ。氏は旧科学技術庁の第1種放射線取扱主任者で、現在は原子力の技術と安全を専門にするIACの上級原子力コンサルタントとして米国で働いている。3・11の大災害と原発事故発生を受けて急遽帰国し、専門家の立場から状況分析と調査を開始した。
氏は4月4日の午後5時に東京を出発、翌朝7時まで約14時間かけて、東北自動車道で埼玉、栃木経由で福島市まで走り、折り返して磐越自動車道経由で四倉に到達、常磐自動車道で戻ってきた。約270キロの区間で5キロ毎に放射線レベルと地面の汚染を測定した。
私の氏への取材は4月5日の日中と同日夜の2回にわたった。氏が助手を伴い一晩かけて被害地域の測定調査を終えた直後だ。氏が語った。
「川口ジャンクションを0キロ地点として出発しました。走り始めて暫くの間、放射線レベルは0・01ミリレントゲン/時の前後で、自然界に存在する放射線量で、正常でした」
レントゲンは放射性物質から出る放射線の量を示す。他方、シーベルトは放射線による人体への影響を示す。1レントゲンの線量を受けると、ほぼ、0・01シーベルトの被曝となる。つまり1シーベルトは100レントゲンと考えればよい。
測定値から厳しい現実
国際放射線防護委員会(ICRP)の基準は、緊急時に年間20~100ミリシーベルトの放射線を浴びると予測される場合は、対策をとるように勧告している。他方、菅直人首相と民主党政府は、原子力安全委員会の防災指針に基づいて、一時的に50ミリシーベルト以上の放射線を浴びる可能性のある地域として、原発から20キロ圏内を避難区域に指定してきた。今回の方針転換で、事故後1年間、20ミリシーベルト以上が基準になることは前述した。
佐藤氏の辿った地域の測定値から厳しい事実が見えてくる。内陸部を走る東北自動車道沿いの町や村は、70キロ地点あたりまでは通常の放射線レベルにとどまっていて問題はない。だが、75キロを超えるあたりから約10キロにわたって少し高めの数値が検出されている。反対に90キロあたりから約25キロにわたって数値は再び通常に戻り、120キロを過ぎる地点以降、数値は上昇し続けた。
但し、数値は日によって変化するため、4から5日にかけての数値が固定化されるものではない。それでも、政府の安心を促すかのような発表とは明らかに異なる状況を示す一連の数値には注目せざるを得ない。
氏は、専門家として一晩かけて現地を測定した結果、強く指摘したいことがあると次のように語った。
「第一に、放射線濃度の高い地域が20キロもしくは30キロ圏を越えて広範囲に広がっている可能性から目を逸らしてはならないことです。その際、放射性物質の広がり方の特徴も把握しておくことが重要です。福島第一原発から放出された放射性物質は決して同心円の形で一様に広がるのではありません。雲のように広がると考えるとわかり易いでしょう」
放射性物質は雲のようにゆるくまとまった形で浮遊し、風向きによって一定方向に流され、或いは山などにぶつかってとどまり、そこに落下するというのだ。1986年のチェルノブイリ原発事故で高濃度の汚染が残った地域は、たしかに同心円ではなくまだらに広がった。原発に比較的近い場所に安全地域がある一方で、遠く離れた場所に危険地域が広がっていたりする。福島原発事故でも同じだと佐藤氏は指摘しているのだ。だからこそ、11日に政府が避難区域指定の基準を変更したのは正しい決断だった。氏はこうも語る。
「自然界の放射線量を私たちはバックグラウンドと呼びますが、それを入れてICRPの基準値を最も厳しくとれば年間20ミリシーベルトの放射線が許容量の限界となります。それを超す数値が各地で検出されたのが、私の調査結果でした。いま、被災者の避難先となっている郡山市や福島市は原発から50キロ以上も離れていて、安全だと見做されています。しかし、国際基準値を厳しくとれば、両市も非居住区域の範疇に入ります」
周知徹底に全力を
佐藤氏の測定値が示すもうひとつの厳しい現実は地面の汚染である。東北自動車道沿いにも常磐自動車道沿いにも高い汚染度を示す地域が散在する可能性は否定出来ない。無論、半減期の短い放射性物質もあるため、一つの数値をとり上げて必要以上の恐怖心に駆られる必要はない。だが、少なくとも各地域の汚染の有無、汚染の性質については出来るだけ正確に知っておくほうがよい。そうして初めて冷静な対処が可能になる。
そのために今すぐ政府がすべきことは、正確な危険地域の地図の作成だ。佐藤氏は東北自動車道、磐越と常磐自動車道をコの字型に回って調査した。佐藤氏は、細い道路などにも車を走らせて測定すれば地図作成は比較的容易に出来ると指摘する。他の道路や地域での測定を一斉に行い、危険地域図を作成し、それに従って居住可能地域、農業・牧畜可能地域、避難区域などを決めるのだ。民主党政権が国民を心配させないように、パニックをひき起こさせないようにと配慮してきたことは認めるが、事故発生からひと月がすぎ、原発、放射線との闘いにおいて有効な手を打てず、ジリジリと後退し続けているのは明らかだ。
12日早朝、政府は今回の原発事故の評価を、国際原子力事象評価尺度で最悪の「レベル7」に引き上げた。3月18日には、スリーマイル島原発の事故と同じレベル5にとどまるとの見方を示していたが、「最悪」への変更を迫られたのは、事後処理の拙劣さゆえであり、事故の本質が人災だったことを示している。正確な情報の把握と正しい分析に失敗したことが人災事故の始まりだった。であれば、政府は情報収集と分析、その周知徹底に全力を尽くし、立ち直りのきっかけとせよ。