「 普通に暮らそうと呼びかけた花巻市長の復興への思い 」
『週刊ダイヤモンド』 2011年4月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 883
東日本大震災の発生からひと月が過ぎようとしている。地震と津波ですさまじい被害を受けた人びとの生活再建のメドはまだ立っていない。原発事故はいまだに収束できないでいる。
けれど、とにもかくにも、日本は立ち直りに向けてしっかり踏み出さなければならない。そんなときに、日本相撲協会が夏場所を技量審査の場として開催することにしたと報じられた。いいことだと思う。
確かに大相撲の自粛は自らの不正と不心得の結果である。だが、大災害で日本全体が自粛し意気消沈し、それによる経済の落ち込みが事実上、二次災害となりつつある今、大相撲は国技の面目をかけて国民を奮い立たせるような好一番を披露してほしい。被災地の人びとを勇気づけ、国全体がにぎわいを取り戻すきっかけにもなってほしい。
被災地はむろん、なんとか無事で残った周辺地域も、今尋常でない落ち込みのなかにある。岩手県花巻市の大石満雄市長が語った。
「花巻市は大きな被害は受けませんでしたが、本当の被害はむしろこれからかもしれないと考えています。経済の落ち込みどころか崩壊につながりかねない二次災害を回避するために、私は3月31日、全市民に普通に暮らそうと呼びかけました」
大災害後、人口10万3,000人の同市は二つの課題に取り組んできた。(1)沿岸部の被災地への支援、(2)市の経済および雇用対策である。
「花巻市が救援するのにいちばん地の利がよいのは釜石市と大槌町です。そこで震災直後から花巻市の職員を5人ずつ3日から4日間の単位で派遣しています。延べ人数ですでに数百人になりますが、できるだけの行政上の手助けをしています。被災者約400人も受け入れ、もっと来ていただいても大丈夫だと言っているのですが、被災者の方がたは、自分の家の状況も、行方不明の家族のことも把握できないなかで、なかなか内陸部の私どものところには来たがらないようです」
そこで大石市長は今、花巻市と釜石市・大槌町間に毎日バスを走らせる準備をしている。毎日往来できれば、沿岸部の被災者は安心して内陸部の仮住まいを使用する気になるだろうと考えてのことだ。それでも沿岸部の立ち直りには長い時間がかかる。支援体制も長期を覚悟で組まなければならない。
「そのためには、花巻市自体の力を強くしなければならないのですが、むしろ、今は、こちらのほうが心配です」
花巻の地元企業は直接被災していなくとも、沿岸部の取引先の多くの企業が被災し、事実上、経済活動も商売もストップしたままだ。こうした企業の多くが中小零細企業である。
「無借金経営ならまだしも、借金を抱えての経営なら大変です。無利子融資を実施しなければ、本当にすべての企業が消滅してしまいかねません」
大石市長は市の取り組みと同時にこうしたことへの国の支援を求めている。一方で、花巻は宮沢賢治で有名な観光の町だ。美しい自然と豊かな温泉がある。今旅館やホテルは被災者に提供されているが、市経済を支える観光客の足がパッタリ止まった。加えて地元でも自粛々々で各種会合を取りやめる動きが強まった。3月下旬から4月は転勤に伴う歓送迎会、卒業や入学のお祝いの会などがめじろ押しの季節だ。それらすべてがなくなり、町全体が開店休業状態となった。広範な職種の従業員の仕事がなくなり、自宅待機の人が増えつつある。
こんなことでは釜石や大槌への支援の前に花巻はつぶれる。日本全体も立ち直れるはずはない。今こそ元気を出さなくてどうする。そう考えて普通に暮らそうと大石市長は呼びかけたのだ。本当にそのとおりだ。日本全体が今こそ、普通の暮らしに戻るべく最大限の努力をして初めて、私たちは大災害を乗り越えることができるだろう。