「 日本、米国、ドイツの3ヵ国が再び世界経済を牽引する 」
『週刊ダイヤモンド』 2010年5月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 839
鳩山由紀夫首相の下で政治は機能停止状態だが、日本経済には大きな可能性がある、今後5年ほどで日米独が顕著に浮上すると武者陵司氏は予測する。
氏はドイツ証券東京本社副社長を経て、昨年「武者リサーチ」を設立した。いかにして日本は世界経済の最先端を、再び走り始めるのかを聞いた。
まずドイツの展望である。ギリシャ問題であらためて明らかになったことの一つが、ドイツ経済がEUでひとり勝ちしていたことだ。EUの経常収支は、ドイツのみGDP比約5%の黒字で、他国は軒並み赤字である。財政においてはドイツもGDP比5・3%の赤字ではあるが、EU他国に比べてその赤字は最小である。
そこにギリシャ問題が発生し、EUの通貨、ユーロが値下がりした。ユーロ安はドイツ経済をますます強化し、EUでのひとり勝ち現象はさらに進むというのだ。武者氏が語った。
「ドイツ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、ポルトガル、スペインなどのEU諸国の労働生産性、賃金、単位労働コストを2000年を基準にして08年まで比較すると、労働生産性において、ドイツは20%以上改善しています。一方で、賃金上昇率はEU内で最も低く、50%近く賃金を上げたアイルランドやギリシャなどとは対照的です。結果、ドイツの単位労働コストは2000年より下がっています。
ドイツの労働者はよく働いて生産性を上げ、その割に賃金は上がらなかった。一方、ドイツ経済は全体として強い競争力を身につけた。ここにユーロ安が加わるのですから、ドイツ経済はさらに強化されます。EU経済はドイツが牽引し、ドイツ対EU他国の差はさらに開くと思われます」
こうして見ると、EU問題の本質が見えてくる。各国バラバラの財政に対して、金融政策を司る中央銀行は欧州中央銀行一つであるために問題に対処出来ないのだ。たとえば強いドイツ経済にとって通貨はむしろ切り上げ方向で調整されなければならない。弱いギリシャ経済にとっては反対に通貨の切り下げが必要だ。しかし、EUの通貨はユーロ一つで、中央銀行も一つである。ドイツにはユーロの切り上げ、ギリシャを含む諸国には切り下げというような政策は取りようがない。EUの仕組みにはこうした諸国間の格差を回避する術がないのだ。鳩山首相の唱える東アジア共同体構想も同種の問題を抱えると考えてよいだろう。
さて、米国経済の強さも各種数字から見て取れると、武者氏は強調する。
「米国で顕著なのは賃金のすさまじい落ち込みです。企業所得から労働者に払う割合は09年第4四半期で48・3。失業率は08年の5・8%から09年の9・3%に急上昇しました。一方でGDPの落ち込みは09年で2・4%にとどまりました。つまり、企業が経済の先行き不安に過剰反応して、すさまじく合理化し、負担を最小化、非常にスリムになったのです」
ドイツ同様、このことが働く側にとってよいか否かは別問題だが、米国経済の基本は「驚くほど健全」だと武者氏は強調する。
日本はどうか。GDPの落ち込みは昨年5・1%だった。失業率は1・1ポイントの上昇で5・1%、米国と比べればリストラは非常に緩い。その一方で、日米独英仏の5ヵ国中、日本のみ賃金が下がり続けている。結果、労働生産性は5ヵ国で最高水準に達し、単位労働コストは2000年比で20%も下げた。非常に効率がよくなり、企業の基礎体力が強化されたのだ。
加えて、米国はもはや日本を真の脅威とは見ない。かつてのプラザ合意のように、急激な円高で米国以下世界が日本経済をたたきつぶそうとすることもないと、武者氏は語る。日本経済はそのぶん、大いに伸びる余地がある。かくして、数年後、日米独の「三人勝ち」の時代が到来するというのだ。