「 CO2、政府はもっと賢い削減策を 」
『週刊新潮』 2009年6月25日号
日本ルネッサンス 第367回
6月10日、麻生太郎首相は官邸でパネルを示しながら会見し、2020年までに温室効果ガスの排出を05年比で15%削減すると発表した。
中期目標としての15%削減を実現するには、産業、家庭、運輸などの各分野で総額62兆円もの省エネ関連の投資が必要とされる。目標達成の具体策は、太陽光発電の導入量を20年までに20倍にする、次世代のエコカーを新車販売の50%に拡大する、省エネ住宅を新築住宅の80%にのばす、高効率給湯器の販売シェアを現在の20%から70%に拡大する、などとなっている。
国民負担は世帯当たり、年7万6,000円増えるとも発表された。内訳は、経済成長の鈍化による所得減少が4万3,000円、電気代などの負担増が3万3,000円だそうだ。
これらを実現するひとつの手立てが国と地方自治体による補助金の活用で、斉藤鉄夫環境相はすでに赤字国債の発行や環境税導入に言及した。国民負担はここでも増えていく。
有限の資源を上手に使うという点で、省エネ技術を磨き、CO2の排出量を抑制していくことは重要である。しかし、地球全体の枠のなかで日本政府の政策を見ると疑問を抱かざるを得ない。
エネルギー・経済統計要覧2008年版によると、05年時点で世界のCO2排出量は約266億トン、米中2ヵ国で109億トンを超え、全体の約41%に達している。他方、日本の排出量は4・7%。05年比で15%減らせば、1億8,750万トン分のCO2が削減される計算だ。これは全世界の排出量の0・7%にすぎない。
こうして数字を見るとき、CO2削減の意義を認めつつも、62兆円もの投資と国民の負担増を求めるのであれば、もっと効率的なお金の使い方はないのかと考えてしまう。
日本だけが不合理な負担
いま、国際社会には、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)や米国のゴア元副大統領の唱える「温暖化はCO2が原因」説は間違いだとする科学的な知見が数多く出されている。温暖化問題が科学の領域を超えて、各国の利害に基づいた政治、経済の問題にすり替えられているのは否めない。だからこそ、CO2削減を進めながらも、日本だけが損をしないように気をつけなければならないのだ。
日本だけが不合理な負担をするのでなく、日本のためにも世界のためにも真に役立つ方法でCO2を削減出来る策が実はあるのだ。これはアラスカ大学の福田正己教授らの提案なのだが、たとえば、日本が主導的役割を担ってきた災害管理プロジェクト「センチネル・アジア」計画をより強力に推進することだ。
福田教授は北海道大学低温科学研究所の教授として、シベリア、アラスカ、南極で永久凍土の調査研究を行い、北方森林や東南アジア森林火災の検知と抑制計画を手がけ、07年10月、アラスカ大に移った。
教授は1976年から06年までの30年間で、世界で3,290件の災害が発生し、被害総額は5,650億ドル、犠牲者は126万8,062人に上ったことを指摘し、これら災害の防止と被害の最小化がCO2の抑制にもつながると強調する。
一方で、05年、森林被害の防止事業に取り組み、それによって削減したCO2排出量を国際市場で「排出枠」として売り、得た資金でさらに森林保全を進める仕組み「REDD」が提唱された。「森林の破壊と劣化防止」の英語の頭文字をとって「REDD」と名づけられた同計画を世界銀行が支援し、日本もいち早く10億円の資金を援助した。
福田教授はREDDを評価しながらも、さらに森林火災や不法伐採の具体的防御策を示して、実効性を担保するのがよいと指摘する。
「森林火災の原因の多くは人為的なものです。自然現象でない限りは、人間の力と知恵で、その発生や拡大を制御出来るはずです」
教授は、1940年代に旧ソ連が開発を始めて以降、シベリアでの森林火災が増えたとし、原因の70%が人為的なものだと喝破する。03年のシベリアの大森林「タイガ」の火災では日本の国土面積の、実に約半分に当たる2,000万ヘクタールが焼失した。
この種の人為的な災害を防ぐことが出来れば、その効果はCO2の削減にとどまらず、自然環境の破壊を防ぎ、種の多様性も保つことにつながる。CO2問題への取り組みの根底に、地球全体の自然環境の保全という視点を据えることが非常に大切なのだ。そのためにも「センチネル・アジア」計画をさらに強力に進めるのがよいというのだ。
「JAXA(宇宙航空研究開発機構)が打ち上げた衛星に防災衛星のALOS(だいち)があります。地震や津波などの自然災害の観測情報や、森林火災情報をリアルタイムで収集すべく、活用されています。森林火災モニタリングでは、早期の検知、延焼拡散予測、最適の消火活動を目的として、ALOSの情報が活用されます」
アジア全体を守る手立てを
センチネル・アジア計画は、現在、工程の第二段階にある。3年後にはシステムを完成させ、アジア地域での森林火災被害の少なくとも10%削減を目指すことになっている。
福田教授の指摘である。
「アジアにおける森林の推定焼失面積は年間約4,000万ヘクタール、火災では、1ヘクタール当たり20~40トンのCO2が排出されます。つまり、森林火災で毎年アジアから8億~16億トンのCO2が放出されるのです。これを10%減らすと、8,000万~1億6,000万トン減る計算になります。
森林火災はアマゾンやアフリカにおいて、もっと深刻です。そこでセンチネル・アジアと同様の森林火災抑制システムを導入すれば、1年間で最大15億トンものCO2削減が期待出来ます」
ここで忘れてはならないのは、森林火災の防止は、単にCO2の大量排出を止めるだけでなく、森林を守ることでCO2の吸収効果を高められる点だ。
日本政府の号令に従って62兆円もの資金で15%目標を達成し、1年当たり1・9億トンのCO2を削減することと、日本が10億円を援助して進めている世界銀行の支援策、「センチネル・アジア」計画に、もう少し援助し、その活動を充実させ削減出来る最大値15億トンのCO2を単純比較してみよう。
答えは明らかだ。より多くの支援を、センチネル・アジアに提供し、アジア全体を守る手立てを確立するほうが効率ははるかによい。福田教授は、日本が先頭に立ってセンチネル・アジア計画を、アマゾン、アフリカなど他地域にも広げて、「センチネル・アース」計画に拡大すべきだと提唱する。これこそ、日本の取るべき道である。