「"どう生存していくかが最大の課題"かつてない台湾大使の切実な言葉」
『週刊ダイヤモンド』 2008年7月19日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 748
台湾の駐日代表、許世楷大使は7月10日、離日した。帰国前のあわただしさのなかの7月4日、許大使にこれからの日台関係についてうかがった。
氏は、東京大学大学院で法学博士課程を修め、津田塾大学で助教授を務めていた1969年、国民党の蒋介石政権を批判し台湾独立を主張していたのを理由に、国民党政府からパスポートを取り上げられ、ブラックリストに載った。当時、日本から強制退去させられそうになったのを救ったのは、東大名誉教授で日本を代表する民法学者の我妻栄氏と元首相の岸信介氏だった。
以来23年間、氏は津田塾大で教鞭を執った。台湾への帰国は92年、蒋介石の後継者、蒋経国総統が死亡し、李登輝氏が総統となったときだ。
2004年、氏は台湾駐日代表として赴任。今回の帰国は、台湾に再び国民党政権が誕生したことによる。
開口一番、許大使は日台関係の悪化を懸念して述べた。
「(6月10日発生の)台湾漁船と日本の海上保安庁の船の衝突事件で日台関係を悪化させてはなりません。尖閣諸島周辺では昔から台湾の漁民も漁をしていました。漁民が『祖父も父もそこで漁をした。なぜ今、できないのか』と問うてもおかしくないのです」
氏は、良好な関係の維持が日台両国にとって死活的に重要であるがゆえに、尖閣問題で関係をこじれさせてはならないと強調するのだ。日台関係の亀裂は中国の望むところだ。事実、中国外務省は6月17日、日本政府に、尖閣諸島付近の海域での「違法活動の停止」と「類似事件の再発防止」を要求した。中国共産党機関紙「人民日報」も日本の海保の動きを「悪意ある衝突」と報じ、「(中台)共同で島を守る」と主張した。日台を離反させたい中国政府の意図が明らかだ。
許大使の語る解決法の一つは、日本にもなじみの深い入会権の活用だ。
「明治政府が山林を国有化したとき、薪や山草を取りに行っていた農民たちには、山林への入会権が認められました。同じような知恵を働かせてはどうでしょうか」
尖閣諸島は日本固有の領土で、この点について日本が譲ることは困難だ。しかし、日台関係の悪化を懸念する大使の指摘には、日本の国益擁護のためにも、誠実に耳を傾けなければならない。国民党の馬英九総統下の日台関係に、幾多の危機が待ち受けている現状では、とりわけ、現実に即した知恵を働かさなければならないのである。
一方、大使は、台湾にとっての最重要課題は「生き残り」だと断じた。
「この国際環境のなかで、どう生存していくかが台湾の最大の課題です」
各国の指導層への取材で私はこれほど切実な言葉を聞いたことがない。まさに存亡を憂えなければならない地点に台湾は立たされているのである。
「台湾は、主権について中国と語り合いません。互いに譲れないからです。また、台湾は国連にも入っていません。戸籍がないのに等しいのです。このような台湾にとって、たとえ国交がなくとも、価値観を共有し、親密な関係を維持してきた国々と、より親密な関係を築いていくことが大事です」
価値観を同じくする国々の筆頭が米国と日本だ。親密な関係を必要とする点で日本の立場は台湾と同じだ。
「これからの日台関係がつまずかないようにするためにも、意思の疎通と情報の共有が最重要です。そのために、台湾の外交問題を、いつでも、日本側に正しく伝えるチャネルづくりが必要です」と、大使は強調した。
今、国際社会で最も危機の発生しやすい地域が、台湾海峡である。台湾制圧を第一目標にする中国の南進は、いつ起きてもおかしくない。中国の脅威に備え、その種の危機を抑制するために日台ともに力をつけ、交流を安定させ、日台両政府の情報交換のルートを確保しておかなければならない。