「 ヒラリー候補の顕著な“中国重視”が懸念される米国大統領選と日米関係 」
『週刊ダイヤモンド』 2008年2月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 727
米国の大統領候補予備選挙を伝える深夜の報道に見入ってしまう。バラク・オバマ、ヒラリー・クリントン両上院議員の接戦に、投票権もないのに注目するのは、それが日米、米中、日中の関係に大きな影響を及ぼすからだ。
日本人の会話でたびたび耳にするのが、「女性への応援歌として、ヒラリー氏に大統領になってほしい」「若くて、改革を推進してくれると思えるオバマ氏のほうがよい」というような声だ。
いずれの意見にもそれぞれの背景があるとは思うが、「日本にとってどの候補がいちばん望ましいか」の視点に立てば、両氏の政策を問わざるをえない。
その視点で、私はヒラリー氏に民主党候補にはなってほしいが、米国大統領にはなってほしくないと考える。
外交専門雑誌「フォリン・アフェアズ」の2007年11・12月号に、「二一世紀の安全保障と挑戦」と題して彼女が大統領になったときの政策が詳述されている。彼女は大統領夫人の時代からずっと、顕著な中国重視の人物だったが、右の論文では「米中関係こそ二一世紀の最も重要な二国間関係」と断じている。「米中両国の政治体制と価値体系は非常に異なり、貿易、人権、信教の自由、労働慣行、チベット問題まで、われわれの考えは深く対立するが、米中両国が共に目指すべきものは多い」とも書いた。
米国がこれからの100年間、どの国との二国間関係よりも、中国との関係を重視し、しかも人権、自由、チベットなどをはじめとする問題で中国が世界の常識に逆行してこれらを弾圧し、米国と深刻に対立しても、それでも、中国と緊密な関係を築くのが自分の外交だと言っているのだ。
中国の人権弾圧も、言論の自由への厳しい抑制も、不当なチベットの併合も、米国は目をつぶって受け入れ、米中関係を進めていくというのだ。
ヒラリー氏と夫のクリントン氏の外交は、ほぼ共通していると考えてよい。とすれば、夫のクリントン政権の8年間に、日米関係がどのように暗転したかも、日本の視点では見過ごせない。あの8年間、日米関係を形容する言葉は「日本たたき」と「日本無視」だった。先述のヒラリー氏の論文も、完全なる「日本無視」で貫かれている。
他方、オバマ氏は、米国は二国間の枠組みを超えて「北朝鮮問題をめぐる六ヵ国協議」のような多国間の枠組みをつくり、「中国に責任ある指導的役割を果たすよう奨励する」との政策を掲げる。日米安保条約や米韓軍事同盟の意義を事実上否定し、日本や韓国はまるで眼中にないかのようだ。
ちなみに、「フォリン・アフェアズ」誌に政策を発表した民主、共和両党の六候補のうち、明確に日本支持を打ち出したのは、共和党のジョン・マケイン上院議員である。
「日本の前首相は自由と繁栄の弧を築くべきだと提唱した」「私は、日本が国際社会で指導力を発揮し、大国となって、その価値観外交を進めていくことを奨励する」と、氏は書いている。
対照的に中国に対しては、軍事力の強大化、台湾への軍事的圧力、ミャンマー、スーダン、ジンバブエなどの独裁強圧国家への支援、アジア地域の政治的経済的枠組みから米国を排除するようなことがあれば、米国は“対応する”と明言して、警告の姿勢を明らかにしている。
こうしてみると、日本にとって最も好ましいのはマケイン氏である。だからマケイン氏への一票を持たない私は、氏の勝利のために、皮肉かもしれないが、民主党候補にヒラリー氏が選ばれることを希望するものだ。ヒラリー、マケイン両氏の闘いが展開されれば、民主、共和両党の政策の相違が最も際立つ論争の枠組みが出来上がる。伝統的な共和党の視点とクリントン政権の8年間を踏まえた民主党の視点の交差のなかで、マケイン氏の長所が最も強く印象づけられると思うからだ。