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2007.08.09 (木)

「 政界再編恐れず、保守路線を守れ 」

『週刊新潮』 2007年8月9日号
日本ルネッサンス 第275回

07年の参議院議員選挙は自民大敗、民主大勝となったが、過去の参院選挙の数字を眺めていると面白いことがわかる。

比例区の票の推移をこれまでの参院選挙で見ると、自民党がどん底に落ちたのは95年、当時の同党の比例の得票は1,110万票(5桁以下は四捨五入、以下同)だった。ところが01年の選挙では、得票は2,110万票にほぼ倍増した。一挙に2,000万票の大台に乗せたが、次の04年の選挙では430万票を失い、1,680万票に落ちた。

今回は、04年時と大差のない1,650万票だった。参院選挙には選挙区も比例区もあるのだから、比例区だけで論ずることは出来ないが、小泉政権下の04年の参院選挙と、安倍政権下の今回の選挙での得票数は、比例に限れば、25万票の減少にとどまる。だが、民主党は今回、一人区での大健闘に加え、比例で210万票以上ふやし、過去、どの政党もとったことのない2,300万票台に得票をのばした。

選挙の勝利や敗北は、どんな要因でもたらされるのか。個々の選挙区、候補者の資質の相違も重要だが、大枠で見ると、鍵は95年と01年の選挙のなかにある。95年、自民党はなぜ1,110万票に落ち込み、6年後、なぜ、2,110万票へと、倍増したのか。拓殖大学日本文化研究所教授、遠藤浩一氏が解説する。
「95年の自民党は、自社さ連合の真っ只中にありました。前年に誕生した自社さ連立の枠組みのなかで、野中広務氏や河野洋平氏らが活躍、村山内閣が誕生したわけです。細川護熙氏の日本新党を軸とする連立が自民党を政権の座から追い落とし、政権再奪取のために自民党が用いた寝技が、水と油の社会党の抱き込みでした。こうして実現した自社さ連立政権の下で、自民党は左派勢力を迎え入れるべく政治的妥協を続けました。現在の安倍政権にあてはめれば、“左に懐の深い政権を作る”と語った中川秀直氏的手法で、社会党と組んだ。保守の支持者はそんな自民党を嫌ったのです」

では、01年の大勝の理由はなにか。遠藤氏は、小泉純一郎首相が、たとえ誰が反対しようとも、必ず8月15日に靖国神社に参拝すると公約し、保守層の期待を受けたことだと喝破する。

風を生んだ毅然たる主張

この年の4月、小泉氏は三度目の挑戦で首相に就任した。国会議員だけによる総裁選挙では、到底、橋本龍太郎氏にはかなわなかったであろうが、一般の党員選挙で大量に得票した。背景には、当時絶大な人気を誇った田中眞紀子氏の支持とともに靖国神社参拝の公約があった。

「小泉政権は安倍政権と異なり、理念は殆ど語っていません。語ったのは断片的な公約のみです。そのなかで注目されたのが、8月15日の靖国参拝でした。日本の立場を鮮明にした首相の公約は若い世代にも訴求力を発揮し、この年の8月15日の参拝者数はかつてない12万5,000人に上りました。あの長い靖国神社の参道を参拝者がぎっしり埋めた上空からの写真が紙面を飾りました。中国が不快感を表明し、日中首脳会談の拒絶を示唆するなかで、靖国参拝に関して、譲らずに主張を展開する首相への支持が2,110万の得票につながったのです」と遠藤氏。

だが、3年後の04年、前述のように自民党は430万票の減少となった。理由は、首相の靖国神社問題に対するブレであると、遠藤氏は分析する。

事実、この間、小泉氏は、〝ブレ〟続けた。01年の8月15日参拝の公約は結局2日間前倒しされた。02年にはさらなる前倒しで4月に参拝、03年は1月14日、04年は1月1日だった。

政権政党のあるべき姿とは

首相は、北朝鮮外交でも、不安定な軸足を見せた。04年5月、政権への支持を高めようと、北朝鮮を再訪、金正日総書記と会った。その席で首相は、曽我ひとみさんの夫ジェンキンスさんと娘さん2人の帰国をなんとしてでも、参院選前に実現すべく、妥協した。日本は北朝鮮を制裁しない、コメ25万トンの援助を実施する用意ありと、一方的に伝えたのだ。
インドネシアで曽我さんと家族の面会が実現したのは、7月9日、参院選の2日前だった。

そうした劇的な山場が演出されたにもかかわらず、小泉自民党の得票は、1,680万票まで大幅に落ちた。他方、民主党は2,110万票を得た。自民党の敗北は、明らかに国家としての主張を失い、保守とは到底いえない路線を歩んでいったことが原因である。
靖国参拝に象徴される保守路線を明確にした01年の勝利と、保守路線から離れた04年の不振は、自民は左に傾いたとき、支持を失うことを告げている。

それでも小泉自民党は05年の衆議院解散、郵政選挙で大勝利をおさめた。それは郵政民営化に端を発した、理屈では説明のつかないような〝風〟が起きたからである。そして今回、民主党が勝ったのも、年金という熱い〝風〟ゆえである。

こうしてみると、過去20年ほどの自民党の得票、及び民主党が誕生した96年以降約10年間の同党の得票の変化は、選挙での勝利は、保守層の支持をしっかりと受けたか、またはとてつもない〝風〟を起こしたかの2つの要因によることが見えてくる。

このことは、自民党にも民主党にも、重要なメッセージとなる。まず、風はどちらにも味方するということだ。民主党に吹いた風はいつでも自民党の風となり得る。その反対もまた然りだ。そして、風はいつも吹いてくれるわけではない。当然、政党は風頼みに陥ることなく、支持基盤を固めなければならない。

そして政権を奪うには、政策は責任ある保守でなければならないということだ。現在の日本の保守の課題は、まず、日本の現状を独立国家の形に仕上げていくことだ。米国の占領体制の残滓を振り払い、日本の真の自立の基盤を築くことだ。だからこそ、続投を宣言した安倍首相は、自身の政治生命を賭けて、今度こそ、安倍氏本来の政策を打ち出していくのがよい。安倍路線は真っ当であり、間違ってはいない。だからこそ、民主党や自民党内のリベラル勢力と対立して、政権運営に行き詰る事態が生じる場合、それを好機として政界再編に乗り出すほどの覚悟をしておくのがよい。

民主党もまた、政権担当能力を身につけるには、旧社会党の残滓を抱えて多様な意見が存在する党内で国家の基本問題についての議論を精査することだ。労組に依存せず、真っ正面から議論する厳しい自己鍛錬を経て、責任在る政党に脱皮しなければ、いま折角掴んだ政権政党への足がかりも消えていくと思われる。

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