「 参院選、争点は年金だけじゃない 」
『週刊新潮』 2007年8月2日号
日本ルネッサンス 第274回
参院選、争点は年金だけじゃない
目前に迫った参議院議員選挙、その争点が年金のままでよいのか。否である。
年金問題はたしかに重要だ。高齢化国家、日本の国民にとっては切実な問題であり、決しておろそかにしてはならない。けれども、年金問題解決の方向はすでに明確に打ち出された。与党も野党も、〝疑わしきは救済する〟、確たる証拠がなくても、状況証拠から納付したとの主張が信じられれば、国が責任を以て支払うと決めている。これから先は事務処理の問題だ。事務手続きを主たる争点として、今後、6年間〝良識の府〟で働く議員を選ぶのは、どう考えてもおかしい。
いま必要なのは、有権者が視点を広げることだ。たとえば、年金問題に拘るにしても、問題はなぜ起きたかを考えることだ。今回の年金問題は社会保険庁が旧国鉄と全く同じ体質に染まっていたことが最大の原因だ。土光臨調で旧国鉄の分割民営化の論陣を張った屋山太郎氏は、社保庁労使は旧国鉄労使よりも酷く、まさに国賊だと明言する。
国民が支払う保険料に、砂糖に群がるアリのように、族議員や高級官僚たちが群がった。全国13か所にグリーンピアを作り、建設費約2,000億円、維持費や固定資産税を含めると約3,680億円を費した。グリーンピアには官僚たちが天下りし、赤字続きにも拘わらず高級を喰んだ。グリーンピアが経営破綻しても、誰も責任をとらず、彼らは、全て合わせて48億円で叩き売った。
この無責任、この恥知らずの感覚は、社保庁の高級官僚だけでなく、彼らの下のノンキャリア官僚にも蔓延していた。彼らは、保険料を裏金としてプールし、宴会費やタクシー代、ゴルフ経費などとして使った。なかには保険料を直接横領していた者もいる。そのうえ、彼らは〝45分間働いて、15分間休憩する〟。屋山氏が「旧国鉄よりも酷い」というほどの官僚群なのだ。
信頼を裏切り続けた官僚たち
だが、7月24日の『読売新聞』一面トップの記事を読んで驚いた。厚生年金と国民年金の保険料約1兆4,000億円を投じて建設された年金福祉施設412物件の売却で、年金保険料1兆円以上が失われるというのだ。これは厚生労働省所管の独立行政法人「年金・健康保険福祉施設整理機構」の鑑定で判明したもので、全物件の資産価値は2,000億円に目減りしているそうだ。
1兆円以上の年金保険料をドブに捨てるに等しい叩き売りについて『読売』は「年金保険料を施設の改修や整備に使えなくなったため、全施設を売却するしかなかった」という社保庁施設整備推進室のコメントを報じている。国民は厚労省や社保庁の官僚が天下りするグリーンピアや年金福祉施設のために保険料を払い続けてきたのではない。施設の改修費や維持費を出すなど言語道断だという気持である。にも拘わらず、国民の年金保険料に全面的に依存してこの種の施設を作り、利用し続けたのが官僚たちだ。彼らは、国に対する国民の素朴な信頼を悪用し、揚句に大損失を出して放り出したのだ。
国民の怒りを受けて、与党も野党も、官僚制度の改革案を提出した。
安倍晋三首相は、国会会期を延長して公務員制度改革関連法を成立させた。同法成立の背景には、事務次官会議で了承されなければいかなる法案も閣議決定出来ないというこれまでの慣例を破り、事務次官会議の了承なしに押し切って閣議決定した首相の決意があった。安倍首相は全ての天下りを禁止すると公約し、塩崎恭久氏官房長官の下に、「官民人材交流センター(人材バンク)の制度設計に関する懇談会」を設けた。対して官僚のみならず自民党の政治家、一部閣僚からさえ、強い反発が起きた。人材バンクは役人を信用しない制度であり、そのような不信の構図の官界に優れた人材は集まらない、現実的でないなどの批判が渦まいた。懇談会座長の田中一昭氏が反論した。
「退職、再就職に際して『役人を信用せよ』というのは、各官庁の押しつけ天下りを従来どおり認めよということです。官僚を信じないと批判しますが、信用するか否かは、事と次第によります。頭から全て信用せよというほうがおかしい」
政官業の癒着を断て
田中氏は、人材バンク構想は長年の懸案だった天下り問題解決の突破口であり、後退は許されないと語る。
「天下りは省庁の権限と補助金、補助事業を背景に、無理にでも押しつける人事です。本人の能力などは問われません。天下りに象徴される政官業の癒着は、ある程度どこの国にもありますが、戦後日本の特異さは、どの省のどのポストなら、どの業界のどの法人にどんな役職で天下ると予想出来るほど、固定化され確立されていることです」
真の人材登用とは無縁の、自己利益追求に終始する官僚制度の改革は45年前の第一次臨時行政調査会(第一次臨調)でまず取り上げられた。80年代の第二次臨調と、96年に設置された行政改革会議で公務員に関する論点はほぼ網羅された。さらに2,000年12月の行政改革大綱で重要課題とされ、「公務員制度改革大綱」としてまとめられた。
「長年の懸案が具体的な大綱にまとめられたにも拘らず、現実には、改革は全く進まなかった。今回の人材バンク構想は、大綱具体化への現実的な第一歩です」
田中氏はこう述べ、人材を官界に送り込み、よりよい官僚制度を実現するには、まず、現在の閉鎖的な人事運用を変えることだと言う。
「幹部職員は内閣が一括採用し、或いは公募してもよいと考えます。特定省に入省して一生とどまるからこそ、国家国民のために働いている自覚が育たず、自省の利益に拘るのです。一括採用、一括管理によって省庁間の人事交流を進め、民間から公募して官民交流を促すことです。信賞必罰、能力本位の昇進、政治的中立性の維持なども極めて重要です」
与党提案の人材バンク構想はまさにこうした公務員制度改革を目指すものだと田中氏は言う。では民主党案はどうか。この点で田中氏は意見を留意する。安倍首相肝煎りの与党案と小沢一郎氏ら民主党案を読み、どちらが社保庁的官僚の排除に役立つのか、どちらが国民、国家のために働く官僚を育てる仕組かと、有権者こそが考えなければならない。
参院選の争点として年金に拘るというからには、せめて、公務員制度改革について考えたうえで投票したいものだ。それにしても、再度強調したい。参院選挙の争点は年金だけではないと。憲法改正も教育も、中国やロシアの脅威にどう対処すべきか、日本の安全はどう担保すべきかなど、もっと大事な争点を忘れてはならない。