「 国際的反日情報戦に立ち向かえ 」
週刊『週刊新潮』 2007年月3日29号
日本ルネッサンス 第257回
駐日米国大使のトーマス・シーファー氏が、米国下院公聴会で証言した元慰安婦の言葉を「信じる」と語っている。3月17・18日付の「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」紙が報じたもので、大使は「女性たちは売春を強要された」として旧日本軍による強制は「自明の事実だ」とも述べた。
拉致問題を深く理解し、横田早紀江さんをはじめ家族会を力強く支持してきた同大使は、慰安婦問題では一転して日本批判の立場に立つ。
知日派の人々でさえ、女性たちの証言を無条件で信用し、旧日本軍が強制したとの立場で、それに異議を唱える安倍晋三首相を批判する。私は、米国の良識ある人々の一連の反応を見て、中国を筆頭とする国々の反日情報戦略がここまで功を奏するに至ったことに嘆息せざるを得ない。
91年末の慰安婦の女性たちによる提訴以来、日本を貶める情報戦略は少なくとも15年余りも推進されてきた。その結果、国連人権委員会をはじめ、国際社会のさまざまな舞台で、旧日本軍による゛強制連行〟゛拉致〟゛性奴隷化〟などが喧伝されることとなったが、日本政府は、周知のように、抗議どころか、河野洋平氏が官房長官談話で゛軍による強制〟を認め、歴代政権も謝罪を繰り返してきた。
これでは、世界が、旧日本軍が強制したと考えるのも、良識ある人々が゛旧日本軍の行為〟を忌み嫌うのも、自明の理だ。しかし、それらが事実でない以上、゛事実ではない〟と、私たちが主張し続けなければならないのも、これまた自明の理だ。
それにしても、これだけ広く深く浸透した汚名をそそぐには、個々の政治家や少数の言論人の力だけでは不足であろう。拉致問題で行ったのと同じ手法で安倍首相の下に力を結集し、対策本部を設置するしかない。その上で、冷静で理性的な、事実に基づく反論を、5年でも10年でも粘り強く展開しなければならない。
拉致問題への取り組みを振り返ると、関係者の全力を結集して当たれば、山は必ず動くと、私は確信する。
的外れ外交の゛教訓″
安倍首相の下に拉致問題対策本部が設けられたのは06年9月だ。対策本部は、対北朝鮮戦略を構築し、国家として持ち得る全ての力を結集して目的を達成するのに不可欠の体制である。それはまた、何よりも雄弁に強固な国家意思を語るもので、相手国への揺るがぬメッセージにもなる。国家意思を表明することもなく、バラバラの対応に終始したそれ以前の北朝鮮政策がどんなに無意味だったか、ざっと振り返ってみる。
たとえば橋本内閣だ。96年に600万ドルの資金を援助し、97年2月には横田めぐみさんの拉致という衝撃の事実が判明したにもかかわらず、村山富市政権にひき続いて、コメを贈り、98年5月には朝銀近畿に3,102億円の公的資金を投入した。北朝鮮の゛返礼〟は同年8月、日本列島を越えて太平洋側に撃ち込まれたテポドンミサイルだった。
それでも続く小渕・森両内閣で外相を務めた河野氏は2,000年3月にコメ10万トンを、10月には50万トンを贈った。家族会は座り込みで反対したが、河野外相は支援に踏み切った。
次の小泉内閣は01年11月に、金正日総書記のポケットと言われる朝銀に国民の税金3,131億円を投入したが、翌月には工作船が奄美大島沖の排他的経済水域を侵犯した。
不毛な的外れ外交は尚も続いた。02年、小泉首相が平壌を訪問し、拉致被害者5人が帰国、2年後の5月には5人の子どもたちが帰ってきた。そのとき、小泉首相は、北朝鮮への金融制裁はしないと言明し、加えて食糧25万トンの供与を約束した。半分の12万5,000トンはすでに贈られ、残り半分は、めぐみさんの遺骨が偽物だと判明して、保留された。「対話と圧力」と言いながら、小泉首相が「対話と援助」に傾いたのは、北朝鮮の本質を見抜けず、その国との国交正常化を拉致問題の解決に優先させようとしたからだ。相手の本質と全体像をとらえない政策は決して問題解決につながらない。
安倍首相は、外交では、まずメッセージが先、交渉はそのあとという持論に基づいて、拉致の解決が先だと主張した。北朝鮮はテロ国家であると喝破し、対話と圧力の内、圧力に比重を置いた。前述のように06年には拉致問題対策本部を設け、全省庁挙げての取り組みを可能にした。日本が国家として全力を結集出来る構えを作ったのだ。6カ国協議で、日本だけが拉致で乗り遅れるとの意見もあるが、それは違う。6カ国協議の行方を、日本有利に導けるか否かの勝負はこれからだ。拉致解決という日本の主張を全うするには、まず、日本の主張こそが正しいと、日本人自身が認識することである。
国家戦略として反論せよ
昨年4月、横田早紀江さんらと会ったブッシュ大統領は早紀江さんとの対面を最も心に残る出来事と述べ、拉致の解決に深いコミットを表明した。大統領発言はいまも、民主主義と人道の国、米国自身のコミットである。その発言を裏切るような変心は、同大統領と米国が主張し続けてきた民主主義と人権外交に悖(もと)る。米国への信頼も損なわれる。そのことを、日本は筋を通して主張すべきだ。
慰安婦問題を巡る米国下院の決議案についても、日本は拉致同様、守るべき価値観を見失わず主張するのがよい。この問題に関しては、同決議案を提出したマイク・ホンダ民主党下院議員の真の姿こそ、世界に示すべきだ。氏の選挙区には著名な中国系反日団体「世界抗日戦争史実維護(保護)連合会」の本部があり、ホンダ議員は政治資金を含め、この中国系反日団体の全面支援を受ける人物である(『読売新聞』3月16日朝刊)。
世界抗日戦争史実維護連合会には、中国共産党政府の資金が注入されていると考えるべきであり、一連の展開は中国政府の長年の、そして数多くの反日活動の一環だと断じざるを得ない。ホンダ氏の真の姿を、米国の選良たちに正確に伝え、氏の主張にのみ耳を傾け、同盟国である日本の説明に耳を傾けないのは不公正だと言い続けなければならない。
先の読売の記事は、下院外交委員会でただひとり、「日本はすでに謝罪してきた」として、決議案に反対してきた共和党のダナ・ローラバッカー議員が、地元カリフォルニア州の事務所で韓国系団体の訪問を受け、「決議支援」に転じたと伝えている。
下院の決議案は中韓両国による反日連合勢力の結実で、その中に米国が取り込まれつつある。この深刻な事態に対処するには、拉致問題同様に、固い国家意思で臨まなければならない。黙っていれば嵐は過ぎ去ると考えるのは、間違いだ。いま日本が直面しているのは単なる日米二国間の問題ではない。国際社会に張り巡らされた反日情報戦の罠である。安倍首相は対策本部を設け、挫けず、誇り高く、事実を語り、世界を説得していく心構えを新たにせよ。