「 対露外交で取るべき正攻法は? Part.2 道義的に優位な日本こそ力を蓄えよ 」
『週刊ダイヤモンド』 2006年9月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 657
暴力による支配を軸に成り立つ“力治国家”ロシアから日本固有の北方領土を、どうしたら取り戻せるのか。日本国際フォーラム理事長の伊藤憲一氏は、まず日本側が、対露認識を根源的に改めることだと指摘する。
ロシアが、ソ連時代も含めて今日まで、国際法も道義も踏みにじってきたことを日本は十二分に体験させられた。日ソ中立条約を突如破棄した対日参戦の経緯は周知のとおりだ。最後の場面で彼らは裏切りを働き、南樺太、千島列島、北方四島を手に入れた。そのやり方は彼らの狡猾さを見せてくれる。投降する日本軍に関して米国は、ソ連の担当地域を満州、北朝鮮および南樺太にとどめ、千島列島を除外した。スターリンは激怒し、ソ連軍は米軍がいまだ上陸していないことを確認しつつ南下した。北方四島を奪い終えたのは、日本の降伏から三週間後の9月5日だ。
そして、ソ連は自分たちも占領地域を持つべきだと主張、釧路と留萌を結ぶ線以北、両都市を含む北海道の半分と東京駐留さえ要求した。
「ロシアは力しか信じない。弱い者には強く出るが、強い相手にはあきれるほど従順です」――伊藤氏の言葉が実感を伴って迫る。瀕死の日本からは奪い尽くそうとするが、強い相手には驚くほど腰をかがめる。
1939年の独ソ不可侵条約締結時のソ連の行動がその一例だ。
「スターリンはヒトラーがソ連を侵攻すると恐れ戦いていました。そこでヒトラーの歓心を買うためあらゆることをします。一例がフランス共産党への指示です。当時フランスは対独戦に全力を挙げており、フランス共産党も挙国一致内閣に協力していました。ところがスターリンはフランス共産党に命じて反戦運動を展開させた。これによってフランス共産党は壊滅的な打撃を被りますが、スターリンにとってそんなことは問題ではない。これでヒトラーがソ連に対する警戒心を緩めてくれると期待したのです」
ソ連共産党の指示に忠実に従ったフランス共産党は裏切られたわけだ。だが、ナチスドイツの力の前で、スターリンは傘下のフランス共産党の切り捨てに躊躇しなかった。
「繰り返します。ロシアに対する最後の説得力は“力”しかないのです。そのことを、日本外交の担い手たる政治家も外交官も腹の中に据えておかなければなりません」と伊藤氏。
だが、日本外交の現実は寒心に堪えない。氏は、昨年モスクワで開かれた対独戦勝利六〇周年の記念式典に小泉純一郎首相が参加したことを厳しく批判した。
「あの式典はドイツ、イタリア、日本のファシズム国家にソ連が栄光ある勝利を収めたことへの祝福です。ドイツが式典で頭を垂れるのは当然です。ヒトラーは不可侵条約を破ってソ連を襲い、モスクワまで侵攻して2,000万人を殺したのですから。しかし、日露関係は逆です。中立条約を破ったのはソ連です。原爆を落とされ進退窮まった日本を背中から攻撃、北方四島を不法に占拠し、60万人を超える日本人を強制抑留した。かたや日本はソ連に対して第二次大戦中、一発の弾も打ってはいません」
道義的に優位に立つのは日本だ。式典で頭を垂れた首相は敵と己の位置関係すらわかっていないと氏は言うのだ。
対露外交での日本の基軸は、日本こそがロシアにものを言うという地平に置くべきだ。そのうえで、ロシアに通ずるのは剥き出しの力であることを忘れないことだ。ロシアの実態を肝に刻み、日本も十分に力を蓄えること、憲法第九条の改正を第一歩として、抑止力として、しかし、明示的に力を備えることが、領土返還への長い道程を歩む正攻法だ。政治家の責任は、現在の原則なき対露宥和の外交戦略を改め、意志と力に支えられた日本外交へと根本的な転換を図ることだ。
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