「 “置き去り”恐れて模範回答か 高コストの住基ネット更新を前に悩める自治体のジレンマ 」
『週刊ダイヤモンド』 2006年6月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 拡大版 645
国民一人ひとりに11ケタの番号(住民票コード)を振って情報を管理する住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)が正式に稼働したのは、2002年8月5日だった。住基ネットは全国の市町村を端末とするコンピュータネットワークで、全国どこからでも「本人確認情報」を簡単に入手できる仕組みだ。これによって国や地方自治体の行政事務が著しく効率化され、国民にとっても便利になるとされた。
どんなふうに便利になるのかについて、当時、総務省は主に1つの点を挙げた。
(1)行政機関への申請・届け出をする際、住民票の写しを添付しなくてよい。
(2)住民票の写しが全国どこでも交付される。
(3)引っ越しのとき、転入届は出さなくてはならないが、転出証明書の交付は受けなくてよい。
これらの“利便性”と“効率化”を実現するために、全国の自治体を結ぶコンピュータネットワークが築かれた。各自治体は、新しくコンピュータシステムを導入し、ネット上で情報を扱うための技術と心得の習得のため、担当者を研修させた。だが、現実にはそれでも不十分で、圧倒的な数の自治体で、住基ネットの情報管理、安全性の担保に関しては外部の業者に依存しているのが現実だ。
稼働から5年目に入ろうとする今、自治体はシステムの更新と新たな出費や研修に備えなければならない。そんな手間隙とコストをかけても、住基ネットは続けたい仕組みなのか。本当に役に立っているのか。
4年間に住基カードの発行が練習用たった1枚という村も
この5月、長野県が県下83の自治体に対し、「住民基本台帳ネットワークシステムに関する行政事務の効率化と行政サービスの向上についての自治体アンケート調査」を行なった。この数字だけを見ると、評価は決して悪くない。約34%の自治体が「行政事務が効率化した」と評価し、約46%の自治体が「住民の利便性が向上した」と答えている。また、このまま「住基ネットの存続を希望する」と答えた自治体は33%近くに上った。一方、「費用対効果は適正なバランス状態にある」と考えているのはわずか2自治体、2.4%にとどまる。
一見お行儀のよい数字が並んだ背後には、どんな本音が潜んでいるのか。彼らの本音を探ることで、日本全国津々浦々の実情も見えてくる。
長野県清内路(せいないじ)村は、住基ネットによって行政事務が効率化したかとの問いに「効率化した」と回答し、具体例として「証明書の発行などが手軽でスピーディーになった。郵送料等の削減ができた」と書いた。だが、稼働からの4年間、人口740人の同村における住基カード発行枚数はたった1枚である。それも、住基ネットのシステム立ち上げのときに“練習のため”村役場の人間が作った1枚なのだ。担当者が語った。
「本村では住基カードによる利用はゼロなのです。引っ越しに伴う転出入の手続きは年間40~50件あります。住基ネットを使えば転出入届の書類の郵送費、一通当たり80円が削減でき、ざっと見て3,000~4,000円の節約です。一方で住基ネット関連の予算は年間約220万円かかりますから、費用対効果のバランスはまったく取れていません」
清内路村は一般会計予算が約7.7億円、特別会計予算が約4.2億円、計11.9億円だ。対する村税収入は3,300万円にとどまり、借金は税収の100倍の約33億円だ。財務担当者は財政再建団体に転落しかねないと懸念し、乾いたぞうきんを絞るような努力で経費削減に努めている。こうした逼迫状況のなかで、「利用者ゼロの村で住基カードや住基ネットがなぜ必要なのか。なぜ220万円を別の目的に使えないのか」と疑問を抱かないほうがおかしい。
同村の住基ネットへの前向きな評価は、決して彼らの本音ではなく、中央政府にモノを言えないことによる建前の回答にすぎないのだ。
もう一つの小さな村、売木(うるぎ)村を見てみよう。売木村も、県の調査に「行政事務は効率化した」と前向きの回答をした。人口は清内路村と同規模の701人、高齢化率43%。住基カードの発行は村役場の職員が試験的に取得した2枚のみ、村民による住基カードの利用も住基ネットの利用もほとんどない。村民全員が互いのことは何代もさかのぼって知っているこの村で、皆に11ケタの番号を振ってコンピュータ管理することの意義は疑わしい。このうえなく厳しい財政のなかで、住基ネットで毎年約200万円が消えていく。にもかかわらず、同村は表向き、住基ネットで効率化が図られたと答える。
これらの村より人口の多い豊丘(とよおか)村も、事情は似たようなものだ。人口7,216人、住基カードの発行11枚、カードの利用ゼロ。転出入の手続きは楽になったが、住基ネットの維持に年間約300万円が消える。更新のための費用は、ざっと500万円を見込んでいる。財政的には大変で不合理だと担当者は言うが、全国レベルに揃えなければ、自分のところだけ、セキュリティの確保などで“置き去り”にされる恐れがあると明かす。
住基ネット最大の弱点は庁内ネットワークの脆弱性
さまざまな要因で、アンケート調査では約3分の1の市町村が「住基ネットの存続を希望する」と答えたが、実際にそれを心から望んでいる例はほとんどないといってよい。しかも長野県だけではない。日本全国、多かれ少なかれ同じ現象が起きていると見るべきである。
全国1,800余の自治体を結ぶ万単位の端末機、万単位の人間がかかわるコンピュータネットワークのセキュリティなど、本来、担保することは不可能だ。にもかかわらず総務省は、暗号通信を使ってネットワークの経路を分ければ安全性は担保できると主張する。だが、市町村の庁舎内の情報に関しては暗号化されていない。また、庁舎外のパソコンからのアタックで住基ネットに侵入することが可能な事実は、'03年、私も委員を務めていた長野県本人確認情報保護審議会の侵入実験で判明している。
住基ネットの弱点は、こうしたシステム上の脆弱性に加えて、システムを操作する人間の脆弱性がまったく克服されていないことにある。たとえば、今年三月、北海道斜里(しゃり)町の住基ネット端末を操作する手引書やパスワードが、町職員の私有パソコンからファイル交換ソフト「ウィニー」を通してネットに流された。流出した情報には、住基ネット全国センターが市区町村の住基ネット担当者に送った「セキュリティホール対策について」という通知文が含まれており、攻撃者にパソコン制御を乗っ取られる危険性があると指摘していた。
これまで総務省は、庁内ネットワークは住基ネットのシステムに含まれない、と主張してきた。しかし右の通知文は、総務省が庁内ネットワークの脆弱性によって住基ネット本体が攻撃を受ける危険性を示唆していたことを示す。
つまり、総務省は庁内ネットワークも住基ネットの一部であることを認識しているのだ。そしてその脆弱性こそが、住基ネット最大の弱点なのである。このことを認めざるをえなかった総務省は、庁内ネットワークの安全性の確保のためには内部監査が欠かせないとして、研修訓練メニューを検討中だそうだ。ただでさえ、費用対効果の得られていない住基ネットが、さらに高コストで使い道のない制度になっていく。
地方自治体のジレンマは深まるばかりだ。
国民はもっと怒りをもって、政治に関心を
社会保険庁、日銀総裁など国民を欺くニュースのネタには、事欠かないが、まだまだこの国は腐敗している。それは、既得権益を守ろうと、必死の連中の存在である。
…
トラックバック by よろずBLOG — 2006年06月29日 21:28
「制裁決議」譲らぬ、毅然と対応!
中露が13日に提出した「制裁」抜きの「非難決議案」に関し、わが国のメディアの一部では、この中露案への日本の「歩み寄り」の観測が流れはじめた。その中で、安…
トラックバック by 博士の独り言 — 2006年07月14日 22:04
対北朝鮮「制裁」決議で正面突破へ
官房長官は「拘束力のある制裁を含む決議を迅速に採決することで(日米)一致した」(7月14日)と述べたが、中露の「制裁」盛り込みへの反対は続き、採決は15…
トラックバック by 博士の独り言 — 2006年07月15日 07:59
この一冊「共産主義黒書」(コミンテルン・アジア篇)
本来ならば、櫻井よしこ氏の一冊を紹介したかったのだが、多くのブログに立派な書評とともに紹介されているため、これでは筆者の出番はないものと思い、表題の一冊…
トラックバック by 博士の独り言 — 2006年07月15日 16:29
「英仏提案を受け入れ採択」一考
最後まで「制裁事項を盛り込む」と貫き通した日本政府の対応は心強かった。むしろ「玉虫色」を得意としていたのは日本。その日本が世界に向かってハッキリと意思表…
トラックバック by 博士の独り言 — 2006年07月16日 09:48
サミット(G8首脳会議)閉幕
第32回主要国(G8)首脳会議(サンクトペテルブルク・サミット)は17日午後(日本時間同日夜)に閉幕。今回は、日本政府の確固たる主張を国際的にアピールす…
トラックバック by 博士の独り言 — 2006年07月18日 06:16
住基ネット違憲判決 大阪高裁判決全文(速報版)
首長が上告を断念した自治体も出たという報道もあり、判決の余波はまだ広がっています。 本日、e-GovSecの尽力により、大阪高裁判決全文がオンライン化さ…
トラックバック by Openlaw日誌 — 2006年12月09日 06:33