「 深くて重い皇室典範改正問題 眼前の問題解決のための安易な女性天皇容認は慎重に 」
『週刊ダイヤモンド』 2005年7月30日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 602
日本の皇室はどのようなかたちで存続していくのか。また、皇室は日本人と日本にとってどのような意味を持ち続けることが出来るのか。
グローバル化時代といわれ、人類の交流はすべての面において国境の壁を低くしつつある。同時に、歴史や文化など民族の基盤の確立なしには、グローバル化時代の国際社会にのみ込まれ、漂流する民族となりかねない。皇位継承者問題は、日本民族の基盤をどこに求めるかという問題とぴったり重なり、私たちに厳しい問いを投げかけている。皇室に、男子の皇位継承者が今のところ見当たらないこともあって、いったい誰方(どなた)が未来の日本の天皇になられるのか、私たち日本人はいったいどんなかたちでこの国を継承していきたいのかが問われているのだ。その問いかけへの答えは容易ではなく、皇室と日本の将来には、いわく言いがたい不安がつきまとう。そうしたなか、小泉純一郎首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」(以下、有識者会議)が、今月26日に正式に「論点整理」をまとめるそうだ。
現在、皇位継承者は、皇統に属していること、嫡出子であること、男系男子であること、皇族であることの4点が条件である。吉川弘之・元東京大学学長が座長を務める右の有識者会議では、皇位継承者は男系男子でなければならないのか否かが中心に論じられてきた。
同会議のメンバーは岩男寿美子、緒方貞子、奥田碩、佐々木毅氏ら、肩書を紹介せずともそのまま通用する人びとに加え、元最高裁判事の園部逸夫氏、前内閣官房副長官の古川貞二郎氏らが参加している。いずれもひとかどの人物だが、気になることもある。有識者会議の議論が、どこまで日本の有史以来の皇室のあり方について議論を深めてきたのかという点だ。
同会議は今年の1月下旬に検討を開始し、これまでに8回の会議を開き、8人の有識者の意見に耳を傾けたという。皇室のあり方は日本のあり方そのものだ。一二五代続く皇室の伝統と、皇室という明白な血脈をとにもかくにも守ってきた日本の価値観のあり方である。皇室典範の議論は、そうした諸々のことを論じたうえで初めて出来るはずだ。しかし有識者会議は、わずか半年間、8回の会議でそれらを掘り下げて論ずることが出来たのだろうか。
同会議が発表する論点整理は、これを基に議論を深めるためのもので、女性天皇容認論を着地点として意図したものではないと政府は説明する。だが、これまでの状況を考えれば、論点整理が女性天皇容認に向けての、いわば地ならしであるのは否めない。
万が一、女性天皇容認の方向で皇室典範改正がされるとしたら、そのことが持つ歴史的意味は革命的に大きいだろう。あるいは次の比喩は適切でないかもしれない。が、あえて言えば、戦後の占領下で、わずか一週間で日本の文化文明を真っ向から否定する憲法や教育基本法がつくられていったことと、質的に似た、かつ同規模の変化を日本にもたらすと思えてならない。
皇室存続のためには女性の天皇を認めることも必要かもしれない。しかし、それは、打つ手がなくなった段階での最後の手として考えるべき方策ではないだろうか。一二五代にわたって「男系による継承」が不動のものとして続いてきた事実は、非常に重く、文明的価値のあるものとして、尊重されなければならない。
女性天皇容認を優先するあまり、長く続いてきた男系継承の歴史と原則を軽視し、眼前の問題解決のために結論ありきの姿勢に傾くようなことは、万が一にでもあってはならないだろう。事は、日本の伝統の根本をなす文明の核の問題なのである。今、ここで踏みとどまり、なお十分に論ずることが望ましい。