[特別対談]中川昭一 vs 櫻井よしこ 「 中国の『東シナ海』身勝手主張は通用しない 」
『週刊新潮』 '05年6月23日号
日本ルネッサンス 拡大版 第170回
櫻井 お忙しいなか、今日はありがとうございます。
中川 こちらこそ。
櫻井 まず日中関係、とくに中国側の姿勢をどう見ておられるか、お伺いします。
中川 あえて中国側に立って考えますとね、日本って邪魔な存在なんですよ。地理的にみると、大陸国家・中国が海に出る時に、日本がフェンスのようにべた~っと細長く、北は宗谷海峡から南は対馬海峡まで張り付いている。全て日本の横を通らなければならない。
もう一つは、経済格差。世界第2位の経済大国となった日本に対し、中国はこれからという段階で、国がまとまるべき時なのに、今の中国は共産主義と独裁を維持し、50余の多民族、多文化、独立志向地域を抱えている。胡錦涛政権もさぞ苦労してると思います。だから、最近で言えば、デモ、暴動だとか…。
櫻井 凄まじい反日ですね。
中川 ええ。呉儀副首相のドタキャンなど、世界の失笑を買うことをせざるを得ない状況にあるんだろうなと私は想像するんですね。
櫻井 同情しておられますか。
中川 だからといって、経済産業省の所管であるエネルギーや、排他的経済水域(EEZ)、沖ノ鳥島等の諸問題、あるいは日本人、日本企業に危険を及ぼすことに対する中国の対応は、仕方ないでは済まない。主権国家として我々がしっかりしないと。国際的な問題なのですからね。
櫻井 国内問題の不満を日本に振り向け、日本を憎ませることで、中国共産党に対する国民の不満を発散させるのが中国政府の戦略です。日本を不満解消のダシに使う政策ですね。
中川 国内統治の困難を、外交問題に逸らすことで現政権への不満をかわすのは、政治のオペレーションの鉄則のひとつです。中国は戦後ずっと、その捌け口を日本に求め、それを日本が甘受してきたことがまさに問題だった。ようやく、政治家で言えば安倍晋三さんたちが発言し始めた…。
櫻井 その中には当然、中川さんも入りますね。
中川 そう見ていただくのは、日本の政治家としては当然であり、ありがたいことだと思います。
櫻井 中川大臣はじめ、複数の政治家の発言もあって、この頃ようやく、日本は国益を守るため、発言にも筋を通さなければならないという空気が出てきました。中国は日本批判の最も効果的なカードは歴史問題だと心得ていて、その時々で取り上げるテーマは変わるのですが、今は明らかに靖国です。大臣は靖国参拝についてどう思われますか。
中川 私はいま、東シナ海、あるいは通商問題を抱えているので、正直言って大臣就任以降は、靖国についてあまり発言をしていないんです。ただ、私は農林大臣の時も、今のポストに就いていた昨年も、8月15日には行っております。
櫻井 靖国問題については中国の姿勢は全く一貫していませんね。A級戦犯と言われる人たちが合祀されたのは78年秋、それが新聞に報道されたのが79年の春の例大祭の時でした。当時の大平正芳首相は、記者に質問されて、「(参拝を)人がどう見るか、私の気持で行くのだから批判はその人に任せる」と答えています。国会での質問にもきちんと答えた上で参拝しました。鈴木善幸氏は、合計9回靖国に参拝したけれど、中国は一言も抗議しなかった。中曽根康弘首相の時も、最初は全く抗議せず、85年になって初めて「問題だ」と言い始めたわけです。
合祀された78、79年当時、中国は鄧小平の改革開放路線へ転換、その維持にお金が必要だった。78年の日中平和友好条約締結を機に、現在に至るまで実に3兆3,000億円を超える日本のODAが中国に流れた。また、79年1月1日にはアメリカと国交を樹立しました。つまり、当時の中国の最大の敵はソ連で、ソ連に対抗するためにアメリカと組み、日本と組んだ。だからこそ当時、靖国は全然問題にしなかったのです。
それが今は、「中国人の心が痛む」と言うのですから、78年から84年までは心が痛まなかったわけです。
中国の独善に動揺するな
中川 とはいえ、日本もそこを突かれると弱かった。先日、後藤田正晴さんがテレビのインタビューで、「事の本質は合祀にある」と仰っていました。でも、ちょっと考えてみてください。櫻井さんの仰る通り、A級戦犯の合祀は78年。中曽根さんが総理になったのが82年11月です。中曽根さんの公式参拝は、官房長官である後藤田さんが進言して辞めさせたと言うけれど、それなら中国に指摘される85年以前に進言すべきではなかったのか。それを他人事のように本質は合祀だなんて言っている。
やっぱり中国であろうがアメリカであろうが、外交というのは弱いところを突いてくるものなんですよ。
櫻井 当然ですね。どの国も国益を守るために様々な論を組み立て、方法や手段を考える。外交は武力を使わない戦争だと言われますが、日本外交にはその厳しさが欠けている。まるでご近所とのお付き合い程度の認識ではないでしょうか。
中川 ちょっと押してみたら、思わぬ反応を日本側がしている。これは使えるぞと思ったんじゃないですかね。私が中国の政治家だったら、当然そう思いますよ。
思う相手が悪いのではなくて、こっちが悪い。
もちろん後藤田さんほどの方ですから、それなりの論理があるのでしょう。そういえば、あの方と昔、自民党の党則改正の時に大議論をやって、「君たちは戦争を知らないから」と一喝されたことがありました。
櫻井 人は知っているからといって、正しい結論を出せるとは限らないです。
中川 いえ、こちらがもっと失礼なこと言っちゃいましてね。「そういう戦争を知っている人たちがいつまでもいるとは限らないから議論しているんです」と。ちょっと言い過ぎかなと思って、後で謝りましたけど。
ともかく、打てば響いてしまう。そうした日本の反応が相手にとって既成事実になってしまうのですから。
櫻井 日本外交は国家の基盤を忽(ゆるが)せにするほど、愚直に過ぎます。
実効支配はお手のもの
中川 靖国問題と同様に、もともと中国は東シナ海にも関心はなかった。尖閣は日本の固有の領土だということは、国際的にも中国もずっと認めていたわけです。
ところが70年代、80年代になって、鄧小平は経済に力を入れてきた。あれだけの国を発展させるためには相当のエネルギーと、通商国家としてシーレーン(海上交通路)も必要となった。
櫻井 まず、中国は南シナ海に向かいましたね。
中川 東南アジア諸国と領有権を争っている西沙諸島や南沙諸島を軍事基地化してしまいました。現在は、ミャンマー領であるココ島に海軍基地を作っています。
東シナ海に石油、天然ガスが豊富にあるらしいことは、68年の国連アジア極東経済委員会の学術調査で報告されました。中国が尖閣の領有権を主張し始めたのはその後です。中国は、とにかくエネルギーをひたすらかき集める。東シナ海は上海に一番近い地域ですから、中国にとって理想の場所にあります。中国の山奥の大慶油田や中東から運んでくるより、よっぽど近いわけです。
櫻井 目前の海にパイプを通せばいいだけですからね。
とはいえ、中国が言い出した共同開発案では、中国側のEEZ内は中国のみが開発、日本側のEEZ内は日中で共同開発するという身勝手な内容でした。国際社会の常識から見て、全く通用しない主張を押し通そうとするのが中国です。日中協議でも譲る気配は全然なかったわけですね。
中川 譲る気配はないですね。すでにフィリピン、ベトナムに対しては同様のことをやって既成事実化してしまったわけです。中国のやり方は、話し合いをしている間に実効支配するというものでしょう。この8月にも春暁から大陸に天然ガスを送り始めるかもしれない作業を日に日に進めている中、「共同開発しましょう」と言われても到底受け入れられない。そこまで日本もお人好しではない。
櫻井 天外天油田の櫓も、驚くほど出来上がっていますね。パイプの敷設もほぼ完了して、10月から操業すると中国海洋石油の趙利国法律部長が発表済みです。一方、日本側はようやく調査を終えて、民間企業に試掘権を与えるという段階です。
中川 日本は国際海洋法、国際裁判の判例に基づいて、今後も試掘権の許可へと作業を進めます。法治国家ですからね。中国に対しては、お互いが主張しているEEZが重なり合う部分を中間で分けましょうと言っているわけですけど。
櫻井 この主張に関しても、日本側はすでに中国側に十分過ぎるほど配慮というか譲歩しているわけです。
中川 お互いに譲った上での中間線ですから。中国はいまだに沖縄トラフまで大陸棚自然延長論を採って、相手を一切配慮せずという姿勢です。だから我々は着々と、日本のEEZ内でやるべき作業をやります。68年の調査から37年間、試掘の許可を待っている会社があるわけですからね。
櫻井 そうした会社のひとつ、帝国石油の方に話を聞いたのですが、これまで中国側から共同開発の話を持ちかけられたことがあるそうです。しかし、日本の国益に合わないことはやらないと筋を通してきた。こんな立派な民間企業もある。そうした企業に当然の権利として早く試掘権を認めることが大切だと思います。
中川 国際法上も、日中平和友好条約、共同宣言、その他の日中間の合意にも則った形で、粛々と国内作業をやっているところです。決して暴挙ではないと、私は思うのですが、ただ、一般の国民の皆さんの支持がないと作業は進めにくい。
櫻井 暴挙だと言う人がいるのですか。
中川 暴挙とまでは言っていませんけど、試掘権を与えることを検討と発表しただけで、「慎重に、相手を刺激しないで」と“助言”してくれる官民の人たちがいないわけではありません。
櫻井 不必要に相手を刺激しないことは大事です。けれど、そもそもこのケースで“相手を刺激”しているのは、中国ですからね。
中川 そうなんですよ。日本は、国際法と常識の範囲内でやるべきことをやっていきます。
櫻井 日中関係の現状を、アメリカの『ウォールストリート・ジャーナル』紙が社説で、中国が横柄である、日本はちゃんと分を守っている、と書きました。これまで欧米の新聞は、日中問題において中国に同情的な視点を置くことがままありました。が、今回彼らは非常にはっきりと、戦後日本は非常に模範的で優良、優秀な国家として振る舞ってきた、今回の一連の日中摩擦で歴史を見直さなければならないのは中国の方ではないか、という論調が本当に多く出てきました。
だから、私は中川さんが東シナ海で進めようとしている対処の仕方。控え目ではあるけれども、しっかりとポイントを押さえた主張は、国際社会の共感を呼ぶと思います。
中川 ただ、日本の一部のマスコミの論調はおかしいですね。中国を気遣ながら、アメリカのマスコミや国内世論を見た上で、どうも様子がおかしい、ストレートに日本政府側の姿勢だけを非難するわけにはいかない様子だと。すると、社説などで「よく相手と話し合って、友好の島、友好の海域にするように政府は努力すべきである」と主張するのです。ちょうど、拉致問題のときに同じ主張です。
櫻井 “拉致はけしからん。でもよく話し合おう”と。
中川 普段は日本がけしからんとかさにかかって書いてくるくせにね。ああいう書き方は、都合が悪くなったときの定番ですよ。ごく一部のマスコミの。
櫻井 朝日新聞ですね。
中川 いやいや、それは私は言ってないですよ。
櫻井 ハッハッハ。
中川 拉致のときも、今回の東シナ海も、困ったときにはよく話し合おうという社説は、例えて言うと、悪役レスラーが力道山にやられそうになると、ちょっと待った待ったと言って、スキを見せるとゴゴゴンと反則技をやるようなものです。社説の次元にも達しない論調を、一流と言われる新聞が社説に書くなんてねえ。
中国に毅然と臨め
櫻井 国民はかなりその辺をわかってきていますね。日本人は歴史的に中国に大変な憧れを持ってきましたが、現代中国は私たちの憧れてきた中国とは全く違う国だと多くの人が感じている。それどころか、実は凄く日本嫌いで、それが教育のせいであることもわかり始めた。中国の主張は国際法も無視した不法な主張ではないかという認識は、永田町よりも、むしろ国民の方が強く感じている。
その中で、日本の財界は圧倒的に、話し合い路線が多いようです。このことは大臣に心理的な影響を与えますか。
中川 全く与えませんね。財界は許認可や監督権限を持っているわけでもない。また、こちらも財界に対して、負い目があるわけでもない。むしろ経営者は業績を上げなきゃいけない状況にあるから困っているだろうと思います。中国はマーケット、工場として、平穏であれば、これほど魅力的な所はないわけですから。
櫻井 今後、日本企業が東シナ海で高度な探査作業など行うわけですが、安全はどう担保するのでしょうか。中国はすでに度々妨害行動をしていますから、日本企業の安全の担保が大事です。例えば海上自衛隊の艦船が同海域に常駐するだけで、一定の睨みを利かせることが出来ます。経産省だけではなく、日本政府全体としての取り組みが必要だと思うのですが。
中川 日本企業が危機に晒されない保証はない。国際法、日中の条約、原則から言えば、普通はやらないはずだけれども、現にやっている実績があるからね。これまで以上に海・空自衛隊、海上保安庁、警察の協力関係が必要となりますね。
櫻井 もう一つ、EEZの境界を画定するためには、国連の大陸棚限界委員会に海底の地質構造の科学的証拠を提出しなければなりませんね。
中川 地層の構造をより深く把握するには3次元のコンピューター解析が不可欠ですが、そうした船が海洋国家・日本になかった。せめて1隻持とうよと、ようやく予算がついて3年後には完成します。
櫻井 報告書の提出期限は09年。
中川 新船が出来るまで、ラムフォーム・ビクトリーというノルウェー船をチャーターして調査しています。
大陸棚延長論の中国が、沖ノ鳥島は岩だ、12海里は認めてやるが、それ以上はだめだと言っているわけですから、科学的データを蓄積して断固として沖ノ鳥島を守らなければならない。石原慎太郎都知事にばかり任せてはいられないですから。
櫻井 国の仕事ですからね。
中川 そうです。防潮堤は作りましたけれども、あそこを拠点に経済活動をしないとね。だって、中国なんか、フィリピンの目の前の、もっとちっちゃな永興島(ベトナム領)に滑走路作っちゃった。
櫻井 永興島は、満潮のとき、沈みますね。中国の言う、岩ですらない。
中川 そこにゴテゴテっと、滑走路を作っちゃった。
櫻井 日本を責める資格などないですね。
中川 というか、よく言うなと感心しますね(笑)。
櫻井 日本を代表して、中国には毅然とした態度で臨んで下さい。
中川 もちろんです。