「 拉致解決、経済制裁を恐れるな 」
『週刊新潮』 2004年9月30日号
日本ルネッサンス 第134回
去る9月17日、北朝鮮に拉致された日本人を救出するには、もはや実力行使しかないことを訴える国民大集会が東京・千代田区の九段会館で3,500人を集めて開かれた。
「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟」の3組織が一致して訴えた実力行使は、経済制裁法の発動だ。会場内とロビーには2,500人が、会場の外にも1,000人が詰めかけ、熱気に溢れる集会だった。そこで改めて明らかになったのは小泉政権の政策の誤りである。
「救う会」副会長の西岡力氏の報告によれば、北朝鮮が提出した拉致被害者の“死亡”情報を逐一検証しその出鱈目振りを先頭に立って証明したのは、「救う会」や「家族会」だった。北朝鮮の「調査結果」の矛盾点を明らかにした西岡氏の報告は、1年以内にも北朝鮮との国交樹立を目指し、あの金正日政権に兆円単位の資金を渡そうという小泉純一郎首相の考えが、いかに的外れかも浮き彫りにした。
横田めぐみさんの“死亡”の証拠として、北朝鮮は「死亡台帳」を出してきた。古びた赤い表紙に白いラベルが貼ってあり、ハングルでタイトルが書かれている。7文字の内の3文字に青インキで線が引かれて消され、その上に2文字が新たに書き加えられている。西岡氏が語った。
「北朝鮮は紙不足で、ノートも足りない。日本側にめぐみさん死亡の証拠を出さなければならないことになり、あわてて作成するのに新しい台帳を作ることも出来ず、古い台帳を加工したわけです。
青い線で消された表紙タイトルの文字は『入退院』という言葉で、新たに記入されたのは『死亡』という言葉です。入退院台帳が死亡台帳になったのです。ハングルの読める人間には一目瞭然の偽造です。北朝鮮は本当にわかりやすい国です」
こうして「入退院」記録が「死亡」記録に偽造されたというのだ。では、ここに書かれためぐみさん情報は正しい情報なのか。西岡氏は、それも偽造情報だと断定した。
「この病院の患者は通し番号で記録されています。で、めぐみさんとされる女性の番号は3-239。その番号だけ、別の人物、しかも男性の番号とダブッています。極めて不自然です。台帳を提出した49号病院は一般人を対象とする病院で、めぐみさんらが入院する病院ではないはずです」
めぐみさんらは日本から拉致された特別の人間である。帰国した蓮池さんや地村さんらを含めて、拉致被害者の日本人全員が“工作員”として扱われている。北朝鮮のために働かせようとして拉致したのだから当然だ。彼らが入院するとしたら、その病院は一般人用の病院であるはずがない。現にめぐみさんは18歳の頃、工作員専用の第915病院に2回入院したという確度の高い情報がある。韓国に亡命した元北朝鮮工作員の安明進氏も第915病院で治療を受けたことがあり、めぐみさんが入院すると仮定した場合、入院先はこの種の特別の病院であり、一般病院ではあり得ないと語る。
横田めぐみさんの新事実
めぐみさんの父、滋さんが語った。
「めぐみは93年3月に死亡したと北朝鮮は言いますが、私たち夫婦は蓮池薫さん夫妻、地村保志さん夫妻から、めぐみに94年に会ったという話を、直接聞いています」
2002年10月に帰国した当時は、蓮池さんらは横田夫妻を北朝鮮に招くよう工作せよと北朝鮮側から言われていたという。子供はまだ北朝鮮に残されており、彼らは北朝鮮にとって、好ましい情報しか語ることが出来なかった。
したがって、めぐみさんの出産のときにはお祝いに行ったとか、ミシンの使い方を教えたなどについては語ったが、それ以上の情報を蓮池さんらが語れるはずもなかったが、子供も戻ったいま、横田夫妻はようやく蓮池さんらから話を聞くことが出来るようになった。滋さんが説明した。
「めぐみが北朝鮮の男性と結婚して子供が生まれると、子育てがうまくいかなくて悩んでいたそうです。13歳で連れて行かれて母親から育児の知恵や経験について教わったわけではないので苦労をしたのでしょう。そんなこともあって夫との関係も影響を受けたと推測されるような状況だったということで、めぐみたちは94年に別の場所へ移転したそうです。94年まで、蓮池さんたちと同じ地域にめぐみは住んでいたのです。93年3月に死亡という北朝鮮情報は嘘なのです」
国民無視の小泉外交
母親の早紀江さんも語った。
「日本で私の手元にいれば、赤ちゃんが泣いたときにはこうするのよとか、ミルクの飲ませ方、おむつの替え方、乳幼児の食物のことも含めて、教えてやることが出来たはずですが、めぐみはそんなことも一切、教わることなく、連れていかれました。日本に帰りたくて、日本が恋しくて病気になって入院したと聞いています。日本に帰れない悲しみを乗りこえて、一所懸命に生きようとしたのだと思います。そして結婚して子供が出来た。どれほど、子育てにも頑張ったことでしょう。めぐみのことを思うと、気が狂いそうです。そのめぐみに、蓮池さんも地村さんたちも、94年に会っています。その後、金正日の息子に日本語を教えていたという情報も聞きました。その情報が真実かどうかはわかりませんが、93年3月の死亡説は明らかに嘘です」
外務省アジア太洋州局の齋木昭隆審議官は家族らの抱いている疑問を北朝鮮外務省の担当者らに8月の北京での会談でぶつけた。だが周知のように新たな情報は何もない。
「家族会」の人々は、本来なら小泉首相が北朝鮮に期限を区切って拉致被害者らの情報を出させなければならないと主張する。しかし首相がそうしないから、家族会と救う会と拉致議連が期限を切った。最初の小泉訪朝から丸2年のこの9月17日だ。それまでに新しい情報が出てこなければ経済制裁を実施するしかないという結論だ。17日の国民集会はそのことを訴えるためだった。
安倍晋三自民党幹事長、平沼赳夫拉致議連会長、中川昭一経済産業大臣らが経済制裁について語ると会場が揺れるような拍手で満たされた。国民の熱い想いが伝わった場面だ。
だが、小泉首相の政策は北朝鮮への支援を実行し、国交樹立を優先するものだ。北朝鮮は拉致被害者の国民の安否も正しく伝えず、三桁の数の特定失踪者の被害情報が確定されつつあるいま、小泉政権の北朝鮮政策は明らかに国民切り捨て政策だ。国民を切り捨てて北朝鮮との国交を樹立することにどんな意味があるというのか。いまはひたすら制裁を前面に押し出して交渉することだ。