「 米大統領選の結果待ちか 意図的に活動中止する北朝鮮 首相は正常化交渉を早まるな 」
『週刊ダイヤモンド』 2004年9月11日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 558
北朝鮮問題が凪(なぎ)状態に陥っている。横田めぐみさんら10人の行方不明者の再調査結果を報告させる日朝実務者協議も、日本側が望んでいた九月の再開催は実現されないことになった。日本側の要求に北朝鮮側からまったく返事がなく、これ以上強く要求して再開しても、肝心の情報が得られなければ小泉純一郎首相に傷がつくとの思惑も、日本政府の側にはあっただろう。
韓国との経済交流を進めるはずの会談にも、北朝鮮側は姿を見せなかった。核とミサイル問題に関して、北朝鮮は米国批判をやめていない。8月17日に平壌を訪れたオーストラリアのダウナー外相は、北朝鮮が米国およびオーストラリアに届く長距離ミサイルを開発ずみだと述べたが、北朝鮮は否定もしていない。
一連の事実は、北朝鮮が意図的に国際的な動きを中止していることを示している。金正日総書記が見詰めているのは米国の大統領選挙であろう。強硬な北朝鮮政策を掲げるブッシュ共和党政権の敗北を望み、優しくリベラルな政策を採ると思われるケリー民主党政権の誕生を、彼は心から願っているのではないか。今、韓国との経済交流を進め、日本の拉致問題解決に協力すれば、それがブッシュ大統領の北朝鮮外交の成果となり、彼の選挙を有利にしかねない。それは避けたいであろうから、金総書記は、11月の結果が出るまではほとんど動かないだろう。
その間に日本がすべきことは多い。小泉首相は日朝国交正常化交渉の早い再開を希望しているが、その前提条件は拉致、核、ミサイル三問題の解決である。特に、拉致問題の解決には日本政府が本気になり特別の情熱を注がなければならない。ブッシュ政権の応援があるとはいえ、最も重要なのは日本政府の対応なのである。
日朝間の取り決めにおける拉致問題解決の保証というのは、じつはきわめて心もとない。周知のように、2002年9月の日朝平壌宣言には拉致という言葉さえ入らなかった。翌年7月の日朝専門幹事会の合意は、蓮池薫さんや地村保志さんらの子どもたちが帰国すれば正常化交渉は再開するという内容だ。両家の子ども5人に加えて曽我ひとみさんの家族も帰国した今、小泉首相がその気になれば、日朝国交正常化交渉は今すぐにでも始められる状況だ。
小泉政権の考えは、北朝鮮との国交正常化交渉のなかで拉致問題の解決を話し合うのだから問題はない、というものだ。話し合いさえ拒否するのはおかしいと批判する政府中枢の人びともいる。だが、それでいいのか。
北朝鮮側から見れば、正常化交渉をしながら、「めぐみさんら行方不明者の問題は調査中です」と言いさえすればよいことになる。調査中であるとずっと言い続けることを免罪符として、正常化交渉を進め、日本から兆円単位の援助を引き出すことが可能なわけだ。
8月11日の北京での日朝実務者協議は、周知のように北朝鮮のゼロ回答で終わった。だが、めぐみさんが1993年3月に死亡したという北朝鮮の説明が、蓮池さんらが94年にめぐみさんと会っている事実によって明確に否定されたように、北朝鮮の説明は真実ではない。加えて、藤田進さんの写真も北朝鮮側から流出した。拉致被害者が、政府の認定した15人に限らないことは明らかだ。
にもかかわらず、現状のまま正常化交渉に入るとしたら、小泉外交は、国民を置き去りにするものだ。金総書記が米国の大統領選の結果待ちをするあいだに、愚かにも小泉首相は、12万5,000トン分の食糧支援を実行し、正常化交渉を早めようとする。この首相の“暴走”を許さないために、「拉致問題の納得できる解決なしに日朝国交正常化交渉は再開されえない」との条件を、早急に文書で定めるべきだ。