「 ケリー政権なら対日訴訟復活か 」
『週刊新潮』 2004年8月5日号
日本ルネッサンス 第127回
7月26日から民主党大会がジョン・ケリー氏の地元、ボストンで開かれた。ケリー候補のスローガンは「国内でより強く、世界で尊敬される国に」である。このところ、氏が多用するのは「アメリカを再びアメリカならしめよ」という言葉だ。
ケリー氏への支持率はブッシュ大統領への強烈な批判でジワジワと上昇、現職大統領と抜きつ抜かれつを繰り返している。
民主党大会前の雑誌『タイム』の調査では米国民の53%がブッシュ再選を望んでいないという結果が出た。再選を望む43%より10ポイントも高い。同調査では、イラク戦争は「間違いだった」が49%、「正しかった」が46%だ。だが別の調査では、ケリー氏支持が46%、ブッシュ氏支持が48%と逆転した。
ケリー氏への支持がイラクからの撤退を求める米国民の意思を表わしているかといえばそうではない。ケリー氏はブッシュ政権のイラク政策を批判しながらも、ケリー政権誕生なら、イラクへの米軍派兵を4万人増やすといっているのである。軍事力を国家の重要な柱と考える米国では、大統領候補が力による政策を真っ正面から否定することは難しく、ケリー氏の論法は「軍事力と共に、外交の力も活用せよ」である。
超大国米国の大統領選挙は、国際社会にさまざまな影響を及ぼす。日本への影響もはかりしれない。
8年間の民主党クリントン政権の時にあったもので、4年間の共和党ブッシュ政権の下でなかったものは何か。いろいろあるが、特に目立つのが対日企業訴訟である。帝京大学教授の高山正之氏が6月3日号の本誌に書いていたが、旭光学はある時期、カメラ組立工場を香港から中国大陸の深蝨ウ(シンセン)に移した。結果、移転期間中にカメラは2つの場所で半分ずつ組みたてられた。一方、生産地は“メイドインホンコン”と表示された。
クリントン政権下の米連邦地裁は旭光学を“虚偽の表示”で追及、裁判で1億ドル(110億円)を請求した。旭光学は結局、3,000万ドル(33億円)を“脅し取られた”。
民主党政権下ではこの種の企業訴訟が多発した。クリントン家は夫も妻も弁護士である。その2人の下で、さらに衝撃的なことが進行した。米国人もしくは米国企業が関わる事案の司法権は米国にあるという決定だ。揉めごとや事件が日本でおきたとしても、米国人又は米国企業対日本企業の裁判は、全て米国でおこすことが可能にもなる。日本の司法権が侵されるとんでもない決定なのだ。
“金持ち日本”をターゲットにした悪意ある決定と言わざるを得ないが、その流れと結びついた勢力のひとつが在米中国系団体である。「ザ・レイプ・オブ南京」で名を馳せたアイリス・チャン氏らの勢力だ。
110兆円もの賠償請求
民主党政権の下で、彼らが試みようとしたのは、第二次世界大戦当時の日本企業による中国人や朝鮮人、その他全ての国籍の人々に対する“強制労働”や“不当労働”の償いである。当時のことは賠償も含めて法律的に決着済みであるにもかかわらず、また、現在の日本企業に、当時の行為の責任が及ばないにもかかわらず、現存企業が責任をもつべきだと、彼らは主張したのだ。民主党政権下の米国の司法の横暴は、最終的に1兆ドル(110兆円)規模の賠償請求に達すると報じられた。110兆円もの賠償額など請求されれば、日本の一流企業は全て潰されてしまう。民主党政権下の米国の容赦のない対日企業訴訟は、共和党政権になって消えていった。戦時関連の案件は国際法によって決着済みとのブッシュ政権の考え方によって退けられていったのだ。
対日視線の厳しさはクリントン政権下の司法省で構成された法律専門家たちによる対日訴訟チームの考え方の反映である。今年11月の米国大統領選挙で大いに気になるのは、ケリー氏によって副大統領候補に選ばれたジョン・エドワーズ氏もまた、敏腕弁護士で、彼の選挙資金の大半が弁護士組織から出ていることだ。
7月12日の『ウォールストリート・ジャーナル』(WSJ)は過去にエドワーズ氏が手がけた訴訟の幾例かを紹介した。たとえば、あるトラック事故では、運転手に走行マイルで支払う賃金体系が問題だとして、会社に計650万ドル(7億1,500万円)を賠償させた。死亡事故とは書かれていないため、死亡者が出たわけではないと思われる同事故での賠償額の高さは『ニューヨーク・タイムズ』紙でも批判された。
WSJが問題にしているのはエドワーズ氏が手がけた個別の訴訟よりも、氏の背後に控える“司法軍団”である。事実、氏のスポークスマン、ジェニファ・パルミエリ氏は「わが陣営の選挙資金が100%弁護士グループから拠出されたとしても、何の問題もない」と述べている。
対日賠償方針と国益
ケリー・エドワーズ組が大統領選に勝ち、ホワイトハウス入りすれば、エドワーズ氏を支える弁護士グループは、確実により強い力を持ち始める。WSJが「彼らは夢に見た政権中枢により近づくことになる」と報じたように、エドワーズ氏と共に“政権中枢”に陣どり、大きな影響を米国の政策に与える。日本にとって悪夢にひとしい展開が繰り返される可能性は否定出来ないだろう。
岡田克也民主党代表らは、ボストンでの民主党大会を訪れ、ケリー氏らにも会う。共和党政権のアーミテージ国務副長官らとも会うというが、主眼は米国民主党陣営との交流であろうか。だが、日本の政治家に望まれることは、外交においては常に日本の国益を軸に考えることだ。日本の国益のためには、共和党とも民主党とも、結ばなければならない。或いはその双方に問題を突きつけ、日本の立場を主張しなければならない。民主党だから、米国の民主党をはじめ、リベラル勢力と連携するという考え方ではならないのである。
外交は政権が変わろうとも一貫していなければならない。この当然の価値観は、米国民主党のケリー氏のイラク政策を見るまでもない。前述のようにケリー氏はブッシュ政権のイラクでの米国の力の使い方を批判しているのであり、力の行使そのものを批判しているわけではない。この「力」が軍事力と外交力の双方を指すのは言うまでもない。だからこそイラク派兵4万人増強の主張が出てくるのだ。
共和、民主両党のイラク政策の基本に大差はないが、対日姿勢には大きな差が存在する。そうした点をこそ、岡田氏はじめ民主党の政治家たちはよく見詰めることだ。一方、日本政府も経済界も、民主党政権下の一連の訴訟には対処出来てこなかった。この4年間に彼らはどこまで、対処法を考え、次に備えたであろうか。与党も経済界もまた極めて心もとないのだ。