「 総裁に問う、公団財務は健全か 」
『週刊新潮』 2004年7月15日号
日本ルネッサンス 第124回
国土交通省は7月2日、日本道路公団(JH)など道路関係4公団の2003年度決算と財務諸表を、公団の現行方式と民間企業方式の2種類で発表した。民間会計基準で計算すると日本道路公団は“資産超過の優良企業”になったそうだ。
一方、近藤剛道路公団総裁は昨年11月20日の就任記者会見で次のように述べている。
「(日本道路公団を)民間企業に置きかえますと、今はいわば会社更生法適用までは至ってはいないけれど、それに限りなく近づきつつある」
年度末決算のわずか4カ月前の道路公団は破綻寸前の状態だったと述べたのだ。それが今回は“優良企業”に変身を遂げたというわけである。
道路公団には、公団が組織をあげて資料を収集し分析した財務諸表がある。これは2001年末に道路公団の民営化が閣議決定されたのを受けて、公団内にプロジェクトチームが設けられ、全国の支社に資料の提供を求めたうえで作成されたものだ。作業は2002年7月までに終わったが、企業会計原則に基づいて試算した結果、6,000億円の債務超過という衝撃的な内容だった。予想以上の悪い内容に藤井治芳総裁(当時)らは驚き、この分析結果を隠したことから幻の財務諸表と呼ばれた。
幻の財務諸表が示した債務超過状態から今回の優良企業状態へと、事情を逆転させた要因は2つ、資産の把握と減価償却の方法である。
まず、資産の把握である。公団流の驚くべき方法については藤井前総裁から四国支社に異例の左遷をされ、近藤総裁の下で東京本社に復帰した片桐幸雄総務部調査役が『文藝春秋』2003年8月号に詳しく述べている。それによると、公団は資産を膨らませるためにまず、道路建設費の金利を費用でなく資産として計上したというのだ。これでは借金無しで建設した道路よりも借金で建設した道路のほうが金利の分だけ資産価値が高いことになる。
もうひとつの操作は道路公団の土地や高速道路などの資産価値を当時の取得原価でなく、現在の価値に合わせて計算したことだ。当然、現在価格の方が何十年も前の価格よりは高く、その分、公団の資産は膨れあがった。これらのごまかしの方法で公団は債務超過をクリアした。ところがこのことにより新たに減価償却の問題が発生した。
減価償却とは建物や設備など長年使えるものを、一定の年数に費用配分することである。たとえば100万円の機械を購入したとして、10年間で費用配分し、各年に10万円ずつ経費でおとしていき、その分、税金も安くなるという具合だ。減価償却分はいわゆるコストになり、損益計算書にはマイナスとなってはねかえる。したがって、過大な投資をすれば、損益計算書に表れる会社の収支はマイナスの影響を受ける。また、何を何年で償却するかについては財務省の厳格なルールがあり、これを耐用年数と呼ぶ。各企業は耐用年数のルールにしたがって設備など諸々の費用を償却していくのである。
赤字隠しの悪知恵
道路公団の場合、前述の手法で資産を実際より膨らませた結果、各年の減価償却も大幅に膨らんだ。減価償却の増加は損益計算書のマイナス(損)の増加になる。利益を確保出来なくなり、道路公団の収支は赤字となる。
収支が赤字になれば、道路公団の財務は健全で、その力でこれからも新しい高速道路を造り続けるという政府の方針は成りたたなくなる。族議員や国交省道路局の官僚たち、その彼らと手を結んだ小泉純一郎首相らにとっても不都合だ。
そこで、国交省と道路公団は知恵を働かせた。それは耐用年数を変えることだった。先に全てのものの耐用年数が財務省の厳格なルールによって決定されていると書いたが、道路の場合は40年だ。それを彼らは「鉄道業用の線路切取り、線路築堤の耐用年数70年」というのを利用して、道路の耐用年数も70年にのばしたのだ。
具体的には道路を造る際の盛り土や切り土などの「土工」と呼ばれる部分、資産価格4兆8,000億円分の耐用年数を70年としたのである。
この作業の異常さは、他の公団と較べても際立つ。首都高速道路公団も阪神高速道路公団も本州四国連絡橋公団も、全ての土工の耐用年数を法で定められた40年で計算しているからだ。
このような手法は悪質な経理操作というしかない。経済専門誌『週刊東洋経済』は2003年7月19日号で、耐用年数を40年に改めただけで減価償却累計額は12.6兆円になるとしている。これをこのまま今年の貸借対照表に適用すれば、それだけで3,500億円の欠損金が生じる。本来は欠損金が生じるところを、今回は耐用年数を70年にし、減価償却累計額を10・5兆円に圧縮するよう操作して赤字隠しをしたのだ。
これでも優良企業なのか
この悪質な国民騙しの経理操作に加えて、今回発表された4公団の財務内容には重大な問題がある。国交省は4公団ともに収支率は大幅に改善されたとしたが、この改善のほとんどは低金利によるものだ。金利が低かったために支払利息は前年度に較べて548億円も減少した。
その反面、交通量は償還計画(借入金返済計画)で予測された数値を下回り、1,906億円も少なかった。7月3日の『日経』は「収入のブレを低金利がカバーした」と報じたが、そのような幸運がいつまでも続くとは到底思えない。
金利は明らかな上昇傾向を辿っている。グリーンスパンFRB議長は米国の金利引き上げにすでに言及した。日本の金利が米国と連動して上昇するのも遠くないはずだ。
もうひとつは道路公団の計画値と収入実績値の差が年々拡大していることだ。2000年度はその差は236億円にとどまった。予想に対して実績は236億円の不足だったのだ。01年度は不足分が250億円に増えた。02年度は1,668億円、03年度は1,906億円と急増した。甘い見通しの上に立った計画のもろさは、金利が1%でも上昇すれば道路公団の利益は全て吹きとぶという別の計算からも導き出される。
道路公団の負債は03年度決算書で28兆5,162億円と発表されているが、それで当期純利益2,484億円を割ると0.9%となる。金利が0.9%上昇するだけで、純益が消滅することを示すものだ。耐用年数を70年でなく40年とすると、当期純利益は1,085億円だ。それを割ると0.4%だ。金利の0.4%上昇で、道路公団の利益全てが消滅するのだ。
こうした事情があるから、近藤氏は“会社更生法適用に限りなく近づきつつある”と言ったはずだ。にもかかわらず、いま、道路公団の財務は優良企業並みとされた。このギャップを近藤総裁は説明する責任がある。