「 岸和田の中学生虐待事件で露呈した冷酷な “無関心” 米国並みの法的措置が必要だ 」
『週刊ダイヤモンド』 2004年2月7日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 第529回
“無関心”ほど恐ろしく、また冷酷なものはない。
大阪府岸和田市で起きた中学生の息子への虐待事件は、いくつもの点で心を寒からしめる。実の親による凄惨な虐待はむろんのこと、周囲のおとなたちによる無関心と放置である。
各紙の報道によると、虐待は2002年6月頃から始まった。自宅マンションの六畳間に兄弟が向かい合って一日中正座させられ、食事は三日に一度ほどしか与えられなかったという。
兄弟の級友が「学校で先生にパンを買ってもらって食べていた」「アザができていて、虐待されていることを、皆、知っていた」と語っている。
兄弟は同年7月から10月にかけて、相次いで学校に姿を見せなくなった。2人は何度か祖父母のところに逃げたが、そのたびに連れ戻され、虐待は激しくなった。隣近所の住人の多くが、殴られる音、兄弟の悲鳴、「ごめんなさい。やめてください」と許しを乞う声、義理の母親の怒鳴り声などを聞いている。なかには、耐え切れずに引っ越した人もいると報じられた。
虐待が始まって約1年後の昨年6月、弟はついに実の母親の下に逃れ、実母は、弁護士を通じて兄の親権を取り戻すべく交渉中だった。その間、学校側は、生徒指導の教諭が児童相談所、岸和田子ども家庭センターに連絡、同センターは兄弟の義理の母親の「元気で歩いている」との言葉を信じて、調査を中止。学校側は、新しい展開があればセンターから報告があると考え、事態を放置した。
いったい、こんな無関心が許されるのか。祖父母はかわいい孫がやせておびえて逃げてきて、連れ戻されてまた逃げてくる姿を見て、なぜ、警察などに駆け込まなかったのか。近所の人たちはなぜ、暴行の音や悲鳴を聞いて警察に通報しなかったのか。学校では、生徒たち「皆」が虐待を知っていたような状況で、なぜ、助ける手を打たなかったのか。センターは、虐待から子どもを守るのが責務でありながら、なぜ、母親の言葉を聞いて引き下がったのか。虐待の当事者が真実を言うことなどないことを知らないとしたら、おかしい。センターの職員らは、責任を果たしていない。
弟が逃げても、自分は逃げることもできずに昨年11月に保護された兄の状態は、病院関係者が、長年診てきた症例のうちで「最も悲惨なケース」と語るほどのものだ。現在も意識不明と報じられているが、責任は、虐待した父親と母親に加えて、周囲のおとな全員にある。冷酷な無関心さが、日本の社会の深部に淀んでいる。
他者への無関心は、自己への関心と反比例の対である。自分の欲望と都合が満たされれば、それを超えた次元への関心が喪われる。他者にも、自分の生活の枠組みである社会や国にも目がいかない。今がよければ満足するから、将来を展望することもない。そうしたおとなたちの姿が、この国の政治や経済をも蝕んできたのではないか。
他者への関心や社会への責任を持てない人ばかりなら、関心を持たざるをえない仕組みを考えなければならないだろう。虐待もDV(ドメスティックバイオレンス=家庭内暴力)も頻発する米国では、虐待が疑われるケースを察知した場合、児童センターや警察に通報する義務を課せられている。通報しない場合は、結果的に虐待に加担したとされ、厳しく罰せられる。ただし、通報が誤報であっても、お咎めなしで許される。
岸和田のケースは、日本でも、米国のような罰則を伴った通報義務を、当事者のみならず、全員に課さなければならないところにまで、事態が深刻になっていることを示している。現代人の冷酷な無関心を改めるには、法的措置もやむをえない。罰せられなければ、他者への関心や思いやりを持てない国民になったのか、と嘆くものだ。