「 猪瀬氏と道路族議員の共通点 」
『週刊新潮』 2003年12月18日号
日本ルネッサンス 第97回
先に国土交通省が提示した道路関係4公団の民営化法案とその後の議論を吟味すると、“改革の旗手”猪瀬直樹氏と、道路族議員らの主張が本質においてほぼ同じであるという驚きの構図が見えてくる。
道路改革のために「僕は民間人としてやれることはやった」(『道路の権力』終章)と書き、自らも改革推進者としての立場を強調してきた猪瀬氏の主張が、最も重要な点について道路族と重なってしまうのである。両者の主張がいかに相似形であるか、いかに小泉首相の掲げる構造改革から程遠いものか、改革どころかいかに改悪につながるかを示すためには、まず国交省が提案した民営化法案の吟味が必要である。
過日の小欄でも触れたが、新規高速道路建設にかかる国交省の3つの案、ABC案はいずれも上下分離案が前提である。資産と債務のほぼ全てを所有する「保有・債務返済機構」と、機構から高速道路を借りて運営する民間会社に4公団を分離、新会社は高速料金を徴収して機構にリース料を払うスキーム(枠組み)だ。
A案では、新しい高速道路の建設資金は、新会社が金融市場から調達し、その返済の原資は、新しく作った道路の料金収入と会社の利潤に限定されている。これから作る道路はみな、採算をとりにくい道路が圧倒的であり、A案方式では建設資金の返済はほぼ不可能だ。したがってA案では新規の道路建設はきわめて難しい。
次のB案は曲者である。新規路線は新会社が自己資金を調達して建設するが、道路が完成したあとは、道路資産も債務もそっくり機構が引き取るというものだ。
建設資金は会社の自己調達という形になっているが、完成した道路は必ず機構が借金と共に引き受ける。機構が全てを保証することは政府が全てを保証することだ。となれば市中銀行は喜んで資金を出すだろう。その道路の採算性に関係なく、潤沢な資金が使えることになる。
これでは民営化推進委員会の意見書で、限界に来ているとされた現在の公団方式と同じである。B案方式になると財投資金は使えないが、大量の民間金融機関の資金が貸し込まれることになるからだ。下手をすると現在よりも尚膨大な資金が注入され際限のない道路建設も可能になる。
赤字で悪名高い東京湾アクアラインの失敗を見ると、B案の曲者ぶりがよくわかる。同ラインは中曽根康弘首相のとき、中曽根民活の目玉プロジェクトのひとつと位置づけられた。民営化会社が民間資金を調達して建設したが、出来上がった時点で特殊法人である道路公団がアクアラインを引き取り、建設にかかった債務を分割払いで背負った。
特殊法人としての道路公団、つまり国が保証した点でB案と同じ構図である。そこで、一体、何がおきたか。
すでに失敗例のあるB案
当初約1兆1,500億円の予定だった建設資金が最終的には1兆4,400億円にもふくらんだ。金融機関は政府がうしろについていると思えばこそ、当初の予定より大幅に工事費用がかかっても、追い金を貸し続けたのだ。その結果、日々、約1億円の赤字を出しつづけるアクアラインが完成した。現在は京葉道路や東金道路と一体化され、プール化されているためにアクアラインが、毎日約1億円の赤字を出しつづけている事実は隠されてしまった。だが、採算のとれないこのような無責任な道路建設を可能にしたのが、表向き、民間会社による民間資金の自己調達を装いながら、建設期間という時間差を置いて政府が全面保証する方式、つまり今回のB案方式なのだ。
B案を採用すると、どのような展開になるか。民営化が2005年4月から始まると仮定して、それまでに作られた高速道路を旧路線と呼び、民営化以降に新会社が作る路線を新路線と呼ぶことにする。
新会社は借金をし、新路線を作る。出来上がった時点で道路も借金も機構が引き受け、新会社は新路線を機構からリースする。新路線の殆どは赤字路線で、高いリース料を設定されれば新会社は払えない。かといって機構は肩代わりした借金を払わなければならない。そこで恐らく機構は旧路線と新路線を一体化して、両者を合わせた丼勘定で返済していく方法をとらざるを得ないだろう。旧路線のリース契約を変更することにもなるだろう。まとめて何十年かかけて返済するプール制と償還主義は変わらないことになる。最悪なのは、この杜撰な負の資金の流れに、民間資金も入っていき、拡大されていくことだ。
さて、最後のC案の欠点はわかり易い。新会社の高速道路建設資金に高速料金収入をあてるもので、民営化推進委員会が否定した案だ。C案はそれでも、B案よりましだ。なぜなら、新規の道路建設に使われる資金は、料金収入に限られ、民間資金が引き込まれていくことは、少なくともないからだ。
B案こそが最悪の選択だ
上の3案で最悪なのは“中間案”とも呼ばれるB案である。だが、政府も自民党道路調査会もB及びC案を軸に法案のまとめに入りつつある。一方の猪瀬氏は小誌の取材にこう述べた。
「僕は現実を見据えてA案とB案の接点を探っていきたい」
また、氏はこのような案を出した国交省を、「『国交省が(民営化)委員会側におりてきた』と評価」(『毎日新聞』11月29日)したそうだ。氏はAB両案の接点を一体どこに見出そうというのか。
AB両案は全く異なるスキームで成り立つ。似ても似つかぬものだ。A案は、新会社が自己責任で借金し、道路が出来たあとも永久に会社が債務を背負う。道路と債務を持ち続け、返済はその道路の収入で、会社が自己責任で行う。
他方B案は先述のとおりだ。新会社は道路を建設する何年間かだけ、自分で資金調達をする。事実上の政府保証で、自己調達は形のみ、最後は全て機構に丸投げする。これでは“ゼネコン”のようなものだ。発注されればゼネコンはいくらでも建設するだろう。B案は、新会社が借金で建設するというが、仕事が終われば、発注者の国が出来高に合わせ支払ってくれるのだから、国の下命を受けたゼネコンにすぎない。
全く異なる両案に猪瀬氏が接点を見つけることは、どちらかの案を基本的に否定しない限り非常に困難だ。だが、氏はB案を「60点」と評価したとも報じられた(『読売新聞』11月29日)。論議のさらなる展開を見なければ断定は出来ないが、現在までのところ、猪瀬氏と道路を作り続けたい道路族の考えは驚くほど似ている。
小泉首相の下で、構造改革の基本を蝕む動きが、族議員のみならず、民営化の旗手とされる猪瀬氏からもおきていることを警告するものだ。