「 ATMを上回る窓口での犯罪増加への無策こそ銀行を蝕む“心の不良債権” 」
『週刊ダイヤモンド』 2003年6月14日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 497回
カードでおカネを下ろそうと自動現金支払機に行ったら、残金がほとんどない。何者かが通帳を盗んで預金を不正に横取りしていた。
こんな事件が相次いでいる。6月2日には被害者20人がUFJ、みずほ、千葉銀行、東京三菱、りそななど12の金融機関と東京銀行協会に損害賠償の訴えを起こした。被害者代理人の野間啓弁護士が語った。
「今回に先立ち、70人の被害者が昨年12月に提訴しました。私の事務所には今でも週に2~3件の訴えが寄せられており、銀行窓口で不十分な本人確認によって預金が横取りされていく状況は、構造的には変わっていないのです」
野間弁護士は、氏が扱った被害者全員が、当初は預金通帳を盗まれたことに気づいていなかったと言う。
「犯人は犯罪が発覚しないことに最重点を置きますから、室内はいっさい荒らさず、通帳以外には手をつけない。時には印鑑さえも置いていったりする。せいぜい偽造免許を作るために個人情報を書き写すのです」
犯人たちは通帳の裏に押印している印鑑の印影をスキャナーで写し、印鑑を偽造したりする。身分証明書として運転免許証も偽造して、即、銀行窓口でほぼ全額を下ろすのだ。
「当初、この種のピッキング犯罪は中国人の窃盗団が組織的に始めたといわれています。中国人の手下に、下ろし屋と呼ばれる日本人集団がいて、窓口で現金を受け取るのです」
被害者の笠井美樹子さん(仮名)が語った。被害総額は1403万円、看護師として10年働いた結果の全財産だ。
「2002年2月、都銀のATMで現金を引き出そうとしてマイナス表示が出ました。なにかの間違いだと思いましたが、銀行の人に言われ調べてみると、通帳も印鑑も消えていました」
預金は江戸川橋、根津、池袋西口、赤羽の4支店で2日間にわたって、年代の異なる女性たちによって引き出されていた。
泥棒は、成功した家に再度やって来る、次は殺されるかもという恐怖心から、鍵を3度取り替えた。神経がピリピリ尖(とが)った日々が続いた。看護師の仕事には誇りを持っているが、楽しいばかりではなかった。夜勤でヘトヘト、重い体を引きずって働いた日もあった。そうして貯めたおカネを盗られた悔しさは、銀行の対応によっても増幅された。
「犯人の書いた払戻請求書には、明らかな間違いがあります。マンション名や電話番号も違います。運転免許証の生年月日で、私は当時31歳とわかるはずですが、犯人は40~50歳、または20歳代の女性となっています。本人確認をしっかりしてくれていれば、この犯罪は防げたのです。にもかかわらず、銀行は通帳と印鑑があれば払い戻しはする、銀行にはミスはないと繰り返すだけでした」。
銀行は残高がマイナスになっていたぶんの利子を取った。さらに、通帳再発行の手数料も取った。だが事件後に、笠井さんが預金引き出しの経緯について調査の協力を要請すると、きわめて非協力的で最小限の資料しか出さなかった。
「被害を他人事のように扱い、銀行の利益を守ることしか考えていないと感じ、私は提訴に踏み切りました」
野間弁護士によれば、銀行預金の払い戻しは「印影の同一性」があればよいという最高裁判例があるが、それは印鑑の偽造が困難で、印鑑が他人の手に渡らないという前提の下での判例だと言う。コンピュータの出現でその前提が崩れた今、銀行が古い条件に安住していることが問題だと指摘する。
今、銀行窓口での事件発生数はATMを使った場合よりはるかに多い。ピッキング犯罪が銀行口座を狙って始まり増加しているのは、銀行員が顧客のおカネを大切に思わない証拠だと思えてならない。これこそ、銀行を蝕む“心の不良債権”である。