「 拉致問題は交渉事にあらず 『原状回復』要求のために国レベルの調査機関創設を 」
『週刊ダイヤモンド』 2003年5月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 493回
北朝鮮に拉致された人びとを調査する目的で今年1月10日に設置された特定失踪者問題調査会(調査会)には、発足から5ヵ月目に入ろうとする今も、問い合わせが続いている。
300人を超える疑惑の案件を見詰めると、不確かながら、一つの傾向が見えてくるという。拉致被害者増元るみ子さんの弟、照明さんが語った。照明さんは調査会の理事でもある。
「一時期は印刷技術を持った人が続けて失踪していたり、1970年代中葉からは、化学の知識に通じた研究者が続けて失踪していたりします。女性の場合は看護婦が幾人も、相前後して失踪しています。分析するにはあまりにも情報が不足しているのですが、北朝鮮が特定の人材を狙っていたのかもしれません」
失踪者を調査し、家族らと悩みを共有してきた調査会代表の荒木和博氏は、理解しがたいのは日本という国であると言う。
「私たちに寄せられた情報をまとめて、内閣府、警察、公安、海上保安庁に提供しました。同時に、そこから先、各機関がどのように民間の情報を活用し、拉致被害の実態解明と解決に迫ってくれるのかを問い合わせました。戻ってきた返答は、ひと言でいえば、われわれが求めているような役割を果たす機関はこの国にはないという内容です。まったく埒(らち)が明かないのです」
外国政府によって、日本人が3ケタの数、拉致されている可能性が見えてきた今、日本政府のどの機関も動いていないといってよい。情報を収集し、分析するところまでは、警察や公安が試みてはいるだろう。しかし、それも各家族を訪ねて個別事情を聞き、詳細を確かめるという段階にまでは踏み込めていない。
「手が足りないからだと言われればそれまでなのです。私たちの調査会は、常時働いているスタッフが私を含めて4人、臨時の助っ人を入れて計10人です。民間がこれだけの少人数でこなしていることを、日本国ができないのは、その意志に欠けているからです」
荒木氏は穏やかな口調ながら、鋭く指摘する。だが、もっとおかしいのは内閣府であり、外務省だ。警察や公安から情報を提供されても、それらを活用する仕組みがないのであるから。
政府関係者らは、日本には拉致被害者の情報を一括して調査したり、それを基に、どんなかたちにせよ解決のための行動を起こす機関はないと説明する。結局、できることは外務省を通じての交渉のみだという。
「それを実施する機関がない」「可能にする法律がない」「だからできない」「わが国にはそのような機能も力もない」。こういった一連の言い訳の陰に、政府担当者らは隠れてしまうのだ。
国家はしかし、法律や行政組織に属しているわけではない。国家の下にこそそれらがある。この場合、拉致被害者問題を一括して調査し取り組む機関がないのであれば、それを創設すればよい。法律が不備で調査や犯罪の取り締まりができないのであれば、法律を整備すればよい。
政府も政治家も、行動できないのは法律のせい、という言い訳から訣別せよ。この国をつくるのは、国民の代表としての自分たちの責任だと自覚しさえすれば、やるべきことも、優先順位も見えてくる。
まず、許さないための組織づくりをせよ。被害者の調査を民間の調査会に任せ切りにしている現状を放置せず、この種の情報収集、分析の機能を持つ組織を、既存の組織の拡大でもよいが、つくり上げることだ。また、拉致について交渉するという気持ちを変えることだ。交渉とは互いに譲るべき案件だが、拉致は、譲ることなく原状回復を要求すべき事柄だからだ。国民にも課題がある。すべて政府にお任せではなく、私たちも声を上げ続けることが大事なのだ。全員で国家としての意志を明確にすることから、解決が始まる。