「 行政府による国民情報の使い回し発覚で露呈した個人情報保護法案の目論見 」
『 週刊ダイヤモンド 』 2003年5月3・10日合併号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 492回
今朝(4月22日付)の「毎日新聞」朝刊一面トップの記事を見て驚いた。
1966年から今日までの37年間、各地方自治体が防衛庁からの要請に基づいて、自衛官への適齢者情報を自衛隊地方連絡部に提供、防衛庁側は同情報に基づいて、適齢者に募集案内のダイレクトメールを送っていたというものだ。
住民基本台帳法には、情報の「提供」を可能にする規定はない。したがって、各市町村の行為は明らかに違法である。違法の個人情報提供が、37年間も続いていたことになる。
昨年、市民67万人を擁する熊本市で、住民基本台帳の情報を熊本県警が日常的に自由に閲覧していたことが、熊本県民テレビのスクープで明らかにされた。
県警の警察官は腕章をつけて熊本市役所に顔パスで出入りし、住民情報を満載したコンピュータファイルに自ら端末機を操作して接続し、閲覧していたのだ。その様子を、市の職員は見ていながら誰も注意を払わない。明らかに日常的な行為であることが、その映像から見て取れる。
市役所側は、県警への情報提供がいつ始まったのか定かでないほど、長年にわたって続いてきたと認めたが、同種の情報提供が、少なくとも全国の3割の市町村で行われていたことになる。行政府には、プライバシーの概念がないのだ。
現在、国会の特別委員会で審議されている個人情報保護法案と、今年8月25日からICカードも発行され本格的に稼働し始める住民基本台帳ネットワークを、今回の「毎日」のスクープと重ね合わせると、真に心が暗くなるような社会の姿が浮かび上がる。
審議中の法案の一つ、行政を対象にした行政機関個人情報保護法案には、国民の個人情報を入手するときは、合法的に入手せよとする「適正収集」の規定がスッポリと抜け落ちている。
行政がいかなる手段や方法で入手したかは問題にしない一方で、行政府の所有する国民の個人情報は、当初の目的以外の目的に使うことを許されている。目的外利用は「合理的な範囲内」であり、「相当の理由」がなければならないとされているが、この目的外利用がはたして合理的な範囲内か否かの判断は、お役所自身が行う。それでは答えは最初から明らかだ。
また、ある役所が保有する国民の個人情報を、他の役所、省庁、地方自治体、はては独立行政法人にまで「提供」することを、この法案は許している。独立行政法人は、半官半民のような曖昧(あいまい)な性格の組織である。そんなところにも、私たちの個人情報は「提供」されてしまうことになる。
長年、国民の知らないところで行われてきた行政府による国民情報の使い回しを、法律によって担保することになる。地方自治体から自衛隊や警察への情報提供を、現在の違法状態から合法状態に変えてしまおうという目論見である。
行政府が保有する個人情報は、民間業者に較べてはるかに膨大だ。取り扱いには特別の注意を要する。にもかかわらず、特別委員会で審議されている法案には、格別の配慮はまったくない。
加えて、住基ネットである。8月に発行するICカードを民間にも使わせていこうというのが総務省の考えである。総務省は当初、住基ネットは民間には使わせないと言っていたのが、今、市町村課長の井上源三氏らは、全国3250弱の地方自治体に、民間使用を拡大させよと指導しているのだ。民間企業が住基カードを使えば、そのぶん住基番号によって収集できる個人情報は増える。
国民を騙して国民情報を一元収集・一元管理し、一方的に利用する仕組みをつくったのだ。こんなことを可能にする個人情報保護法案は、その名に値しない、個人情報の悪用を許す悪法である。廃案にして、論議をやり直すしかない。