「 真のBSE感染源隠しのため対策費を乱用する農水省の罪 」
『 週刊ダイヤモンド 』 2003年2月22日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 482回
「日本は農場でBSE(牛海綿状脳症)が発見される段階に入りました。それを示しているのが、6頭目とされた和歌山県の牛です」
ウイリアムマイナー農業研究所代表の伊藤紘一氏はこう述べた。日本では、2001年9月にBSE感染牛の最初のケースが発見され、今年1月末までに計7頭の感染が明らかにされた。7頭すべてが乳牛で、1995年12月5日~96年4月4日に生まれ、これまた全頭が「ミルフードAスーパー」という代用乳で育っている。
BSEの潜伏期間は2~8年である。7頭と同時期に生まれ、同じ代用乳で感染した牛が存在すれば、感染から8年目に入る2003年には全頭がBSEを発症する。伊藤氏は、その結果、従来のように牛の脳の病理所見によらなくても、農場で判別できる明らかな症状の牛が出てくるというのだ。
「6頭目の牛は、病理所見がかなり進行していました。病理組織を切ってパラフィン加工し、薄く切り、染色して観察する場合、スポンジ状の穴ができるほど症状が進んでいれば、普通染色ですぐに分かります。
まだ穴ができていない場合は、特殊染色のヘマトキシン・エオジン染色法で確認します。この方法なら、解剖学的変化を示していないケースもはっきり見ることができます。それでもダメなときは、抗原抗体反応を利用してBSE感染の有無を調べるのです」
6頭目以外は普通染色では病変が確認できず、特殊染色でようやく確認できた。だが6頭目は、スポンジ状の穴が明確に普通染色で確認できた。感染から8年たったと思われる今、牛たちの病状は進みつつあるということだ。
ここまできても、日本のBSE感染源の究明は、進んでいない。というより、農水省には感染源を特定する気がないのである。
前述のように、7頭の共通点は「ミルフードAスーパー」という代用乳だ。これは全農の100パーセント子会社の科学飼料研究所高崎工場で製造されたもので、母牛の乳の代用乳として、7頭全頭が生後すぐに与えられていた。
農水省は、BSEの感染源は肉骨粉だと事実上特定し、肉骨粉を飼料として牛に与えた農家152軒と彼らの牛を、厳しい監視下に置き続けている。にもかかわらず、7件のBSEは肉骨粉ではなく、「ミルフードAスーパー」を与えられた牛から出ているのだ。疫学的に考えれば、感染源は、肉骨粉よりむしろ「ミルフードAスーパー」であると言わざるを得ない。
代用乳は全国の酪農家で広く使われており、繰り返すが、感染原因として浮上したのは、全農の100パーセント子会社の製品だ。強力な圧力団体だからか、ここに調査のメスを入れることに、農水省側は明らかに躊躇している。
農水省が真の感染源を特定したくないと考えているのは、病死した牛の検査を全く行っていないことからも明らかだ。死亡牛は、ずっと検査なしで処分し続けているのだ。今年4月から死亡牛の検査を始めると言っているが、それまでに疑惑の表れる牛は早く処分せよ、という政策なのだ。
死亡牛に占めるBSE感染牛の割合は、健康牛に占める割合に較べてアイルランドでは68倍、フランスでは23倍、EU全体では約30倍である。
高率で感染牛が見つかる死亡牛を故意に闇から闇に葬り、全農系統の飼料に調査のメスを入れようとせず、農水省はひたすら対策費を使うのみだ。2001年度の日本のBSE対策費は1500億円あまり、18万頭の感染牛を出した英国の約2倍だそうだ。農場で幾頭か、BSEの牛が隠しようもなく現れようとしているときに、日本の対策費は原因隠しのために使われているといってよい。この国の統治能力の凋落を実感せざるを得ないのだ。